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ニッポン放送賞
溶液中における単一ナノ粒子の光操作・固定化法の開発

大阪大学 大学院工学研究科応用物理学専攻
博士後期課程3年 伊都将司氏

1. 緒言

  物体を観測、認識し、自由に操ることは、あらゆる科学、産業における基盤技術であり、様々な物質を物理的、化学的に組み立て、機能を持った構造やデバイス等を作製する応用研究においても、その物性を測定、解析する基礎研究においても必要不可欠な技術である。近年、物性研究、デバイス作製の両面において、サイズの微細化が顕著であり、DNAに代表される生体分子一つ一つの機能発現のメカニズム解明や、分子やクラスター、超微粒子一粒ずつの物性評価、単電子トランジスタの作製等、微小領域における反応制御、機構解明を目指した研究が盛んである。そのために必要不可欠な、一原子、一分子から数百nmサイズの微小物体(ナノ粒子)を観察、操作、加工する技術の開発を目指した研究が平行して行われ、共に発展してきている。

  現在、ナノ粒子のマニピュレーション法としては、走査プローブ顕微鏡(Scanning Probe Microscope: SPM)を用いた手法[1 - 3]、ナノ粒子を空間パターニングする方法として、自己組織化を利用して多数のナノ粒子を配列させる手法[4, 5]や、基板を修飾することで任意のパターンにナノ粒子を配列させる手法等が一般的である[6]。SPMによるマニピュレーションは、その原子レベルの高い分解能故に、高真空、極低温下では一原子、一分子までをも操作できるという非常に優れた手法である反面、粒子をモニターするための像を得るのに時間がかかるため、高速にナノ粒子を移動させるのが困難であり、また、溶液中でブラウン運動しているナノ粒子をSPM探針で捕捉するのは難しい。自己組織化やリソグラフィーによる基板修飾を利用したパターニング手法では、多数のナノ粒子を溶液中で一度に配列させることができるが、ナノ粒子一粒ずつを認識、評価、加工することは困難である。従って、溶液中でナノ粒子一粒ずつを捕捉、評価、分析、加工するためには、新たな手法の開発が必要である。そこで、常温溶液中における単一ナノ粒子の操作・固定化法の開発を目的とし、ソフトマテリアルとして高分子ナノ粒子、無機材料として金ナノ粒子を用いて本研究を行った。


2. 光圧ポテンシャルによるナノ粒子の捕捉

  真空中で基板上に存在する場合と異なり、溶液中に分散しているナノ粒子はブラウン運動と呼ばれる不規則な運動をすることが知られている。ブラウン運動は溶媒分子の熱運動に起因し、確率的に起こる不規則な運動であり、粒子の動きは溶媒の粘性が低く、粒子のサイズが小さく、また溶媒の温度が高くなるほど激しくなる。従って、常温溶液中でナノ粒子を操作する際には、不規則に動き回るナノ粒子を捕捉する手法が問題となる。溶液中で不規則に動き回る粒子を捕捉するには、レーザートラッピングが有効な手法である。対物レンズで集光されたレーザー光を、溶液中に分散している微粒子に照射すると、微粒子には常に集光位置に向く力(光圧)が働き、最終的に微粒子は集光位置に安定に捕捉される(図1)。この捕捉方法はレーザートラッピング(Laser trapping)、光ピンセット(Optical tweezers)等と呼ばれており、nm〜μmサイズの粒子を捕捉することができる[7]。レーザートラッピングでは、集光レーザー光のつくり出すポテンシャル(光圧ポテンシャル)中に粒子を捕捉するため、不規則運動する粒子を捕捉する際に都合がよく、また顕微鏡下で粒子を観測しつつ、リアルタイムで非接触に捕捉、移動させることができるといった優れた特徴を有する。

  レーザートラッピングの原理を概説する。nmサイズの粒子はレイリー粒子、すなわち微小双極子とみなすことができ、ナノ粒子に光を照射したときに微粒子に働く力Fphotは、

  Fphot=Fgrad+Fscat+Fabs  (1)

と表すことができる[8]。ここで、Fgrad、Fscat、Fabsをそれぞれ勾配力、散乱力、吸収力と呼ぶ。散乱力、吸収力はそれぞれ光の散乱、吸収に起因する力であり、フォトンがナノ粒子によって散乱、吸収される際に、フォトンの運動量が変化し、その反作用として散乱力、吸収力が発生する。勾配力は、双極子が空間的な強度分布をもった電場中におかれた時発生する力で、ナノ粒子の屈折率が周囲の媒質の屈折率に比べ高い場合、ナノ粒子を電場強度の高い方向へ引きつける力としてはたらく。実際の実験で粒子を捕捉する場合、勾配力が散乱力、吸収力に比べ充分大きくなり、粒子の材質が、高分子やシリカ等の透明な物質のみならず、光散乱効率、吸収係数の非常に大きい金属の場合でも、nmサイズになれば勾配力が散乱力、吸収力に比べて大きくなり、安定にレーザー捕捉することができる。このときナノ粒子に働く力は勾配力のみを考えればよく、一般に以下のように与えられる[7 - 9]。

  ここで、E:光電場、V':粒子の実効体積、 :粒子の複素誘電率、 :媒質の誘電率、a:粒子半径、kp:粒子の屈折率の虚部、δ:表皮深さである。吸収が無視できる高分子ナノ粒子等の場合には、粒子の誘電率、屈折率は実部のみを考えればよい。

  では、ナノ粒子を溶液中でレーザー捕捉する場合の、捕捉可能な最小粒径はどの程度であろうか? 集光レーザー光のつくる光圧ポテンシャル深さは、(2)式を積分して求められる。光圧ポテンシャルの深さは、被捕捉粒子の粒径が小さくなるにつれて減少するが、ここでは光圧ポテンシャル深さとナノ粒子の熱運動の平均エネルギーkBT〜4.0×10-21 Jとが等しくなる場合を捕捉限界の目安と考える。媒質をエチレングリコール(屈折率1.43)、対物レンズの開口数(NA)を1.3、捕捉用レーザー光の波長は1064 nm、捕捉用レーザー光は平行光で対物レンズに入射すると仮定して、レーザーパワー400 mWの条件で計算すると、図2に示すように、光圧ポテンシャル深さと熱運動の平均エネルギーが釣り合う粒径は、ポリスチレンナノ粒子の場合で十数 nm、金ナノ粒子の場合で数nm程度であり、常温溶液中では数nm程度の物体まで光操作可能であると見積もられる。


3. 実験装置 

  図3に本研究で用いた実験装置の全体図を示す。顕微鏡(Nikon, Optiphoto2)はレーザー光が導入できるように改良されており、レーザー光は対物レンズで集光される。対物レンズは100倍で開口数が1.30の油浸対物レンズを用いた。捕捉用レーザーとしては、連続発振Nd3+:YAGレーザー(Spectron Laser Systems、SL902T)を用いた。本研究では、固定化のために局所光重合を誘起させ、生成したゲルで微粒子を覆う方法と、微粒子そのものを瞬間的に融解させて接着、固定化する方法を用いているが、局所光重合及び瞬間的融解を誘起するための固定化用レーザー光としてQスイッチNd3+:YAGレーザー(Spectron Laser Systems、SL282G、パルス幅〜6 ns、繰り返し〜5 Hz)の3次高調波(波長355 nm)を用いた。


4. 局所光重合を用いた単一高分子ナノ粒子の固定化

 高分子ナノ粒子を、ソフトマテリアルの固定化法開発のためのサンプルとして用い、紫外レーザーパルス照射により誘起される局所光重合反応を利用して基板上に固定化する手法の開発を行った。直径約220 nmの蛍光色素を含んだポリスチレンナノ粒子を、モノマー(アクリルアミド、Fluka)、架橋剤(N, N'-メチレンビスアクリルアミド、Fluka)、光重合開始剤(Irgacure2959、チバスペシャルティケミカルズ)をそれぞれ31 wt%、2.2 wt%、1.1 wt%含むエチレングリコール溶液に分散させ試料とした。

  実験手順を図4に示す。まず捕捉用レーザー光(〜180 mW)のみを照射し、溶液中でナノ粒子を捕捉し、次に顕微鏡のステージを操作し捕捉されたナノ粒子を基板上任意の位置に移動させた。その後固定化用レーザー光(0.03 μJ/pulse)を十秒間照射し、ナノ粒子の周囲に局所的に重合反応を誘起し、生成したゲルでナノ粒子を覆い基板上に固定化した。図5aにガラス基板上に「H」状にパターニングしたポリスチレンナノ粒子の、蒸留水中での蛍光顕微鏡写真を示す。実験では、蛍光観察により溶液中でブラウン運動する一つ一つの輝点が、個々のポリスチレンナノ粒子からの発光であるとして捕捉、固定化を行っている。ところが、図5a中の輝点の明るさはそれぞれ異なり、この情報だけでは、ポリスチレンナノ粒子一粒ずつが固定化されているかを確認することはできない。そこで、ポリスチレンナノ粒子を固定化し、基板を洗浄後乾燥させ、空気中で、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて、生成したゲルの形状を詳細に観察した。図5b図5a中のAで示されている部分を拡大観察したトポグラフィー像とその断面を示す。図5b中の実線(1)、(2)、(3)に沿って切り出した断面が図5c、d、eにそれぞれ対応する。図中に波線で示されている円は、AFM探針の像に与える影響を考慮し、スケール補正した直径220 nmの球を表している。これらの断面図より、生成したゲル中にはポリスチレンナノ粒子ただ一つのみが存在していることが確認できる。他のアクリルアミドゲルについても同様にAFM観察を行い、ゲル中にナノ粒子がただ一つのみが存在することが確認できた。以上の結果から、本手法を用いれば、溶液中における高分子ナノ粒子一粒ずつの基板上への固定化が可能であることが示された。

  レーザートラッピングを用いれば、液中でナノ粒子を一つずつ捕捉、固定化できるだけではなく、ナノ粒子を多数個同時に捕捉、配列させ、固定化することもできる。レーザートラッピングシステムの光学系にコンピューター制御の電動ミラー(ガルバノミラー)を組み込み、捕捉用レーザー光の集光スポットを、基板上で一定のパターンを描くように、繰り返し高速走査してやれば、走査速度が微粒子のブラウン運動のタイムスケールよりも充分高速であれば、微粒子は走査パターン上に配列される。固定化用レーザー光も同様に走査すれば、その配列を固定化することができる。捕捉用レーザー光(〜 180 mW)の集光位置を、30Hzで直線を描くように300秒間繰り返し走査し、ナノ粒子をそのパターン上に配列させ、さらに固定化用レーザー光(〜0.097 μJ/pulse)も同様のパターン上を照射するように、約1/4Hzで走査しながら35秒間照射することで配列させたナノ粒子を固定化した。図6にガラス基板上に「H」状に配列、固定化したポリマーナノ粒子の様子を示す。「H」の文字は直線上に配列、固定化したポリスチレンナノ粒子群3本で形成されている。このように、本手法を用いれば、多数のナノ粒子を光圧により高密度に集め、その複数のナノ粒子を基板上任意の位置に任意の形状で固定化することも可能である。反応性モノマー、重合開始剤等を適当に選択することで、ポリマーだけでなく、有機及び無機微結晶、種々の蛋白、生体組織への応用が期待できる。

5. 過渡的融解を用いた単一金ナノ粒子の固定化

 次に、無機ナノマテリアルの代表として金ナノ粒子を試料として用い、パルスレーザー照射により誘起される光熱反応を利用して基板上に固定化する手法の開発に取り組んだ。金ナノ粒子の確認には光散乱を利用し、He-Neレーザーの後方散乱や、金ナノ粒子による照明光の消失を用いて金ナノ粒子一粒ずつを確認した。捕捉用レーザー光で金ナノ粒子を捕え、顕微鏡ステージを操作しガラス基板上の任意の位置に移動させ、紫外レーザーパルスを金ナノ粒子に照射し、瞬間的に金ナノ粒子を融解させてガラス基板上に固定化した。その後、ガラス基板を蒸留水で洗浄、乾燥させ、AFMにより固定化された金ナノ粒子の形状を詳細に観察した。このとき、固定化用レーザーパルス強度が最適範囲内であれば、図7aに示すように金ナノ粒子一個がその形状を崩すことなく接着されている様子を確認することができた。固定化用レーザーパルスの強度を上昇させ、最適範囲を越えた場合、図7dに示すように、ナノ粒子にフラグメンテーションが起こり、AFM像中でおよそ10 nm〜40 nm程度のさらに微細な金ナノ粒子に分解され、基板上に固定化された。パルス強度がそれらの中間値(図7b、c)では、時にはナノ粒子が粉々に砕け、時には一部分が変形し、固定化されている様子が確認された。また、金ナノ粒子の固定化には固定化用レーザーパルス強度に閾値があり、閾値以下では何度固定化を試みても金ナノ粒子を固定化することはできなかった。これらの結果は、単一金ナノ粒子を基板上に固定化する際に、固定化用レーザー強度を変化させてやれば、ナノ粒子の粒径を変化させることなく固定化することも、微細なナノ粒子に粉砕して固定化することもできることを示している。これはまさに単一金ナノ粒子のレーザー加工であり、本手法を利用すれば、溶液中でナノ粒子を一粒ずつ捕まえ、移動させ、加工できることを示す一例である。図8にガラス基板上に粒径80 nmの金ナノ粒子を「I」字状にパターニングした様子を示す。最適条件下では再現性良く金ナノ粒子が固定化できていることが分かる。

  溶液中のナノ粒子がブラウン運動することはよく知られているが、レーザー捕捉された金ナノ粒子も、光圧ポテンシャルの底で熱運動し、従ってポテンシャルの最深部を中心にその位置は揺らいでいると考えられる。その位置の揺らぎを計算から見積もると、金ナノ粒子の粒径が80 nm、捕捉用レーザーパワーが30 mWの条件で、揺らぎの半値幅は+/-十数 nmと見積もられる。実際の実験条件下での固定化精度を決定する実験を行った様子が図9である。ピエゾステージを用いて、金ナノ粒子を基板上に直線状に1 μm間隔で固定化した。図中の直線は、各金ナノ粒子中心の位置座標から最小自乗フィッティングより求めた。図9から、本システムでの固定化精度は数十nm程度であることがわかる。これは、実験室の空調機の風や冷却水のポンプの振動などにより、顕微鏡ステージが揺らぐためであると考えられる。現在、理論的極限である粒径数nmのナノ粒子の固定化を目指し研究を進めている。


6. 総括

 本研究で開発した、ナノ粒子の光操作、固定化技術を用いれば、これまでのSPMによるマニピュレーション手法では困難な環境である常温、溶液中で、リアルタイムで、高速に、3次元的に単一ナノ粒子の捕捉、固定化が可能である。本手法を用いれば、低温、真空中等の条件下ではその機能の損失が予想される溶液中の高分子、生体分子、コロイド粒子等をその環境を変えることなくパターニングすることができる。また、溶液中で合成したナノマテリアル等の空間配置、機能制御、解析、極微複合デバイスの作製等、従来の手法では困難であった様々な応用が期待でき、今後幅広い研究分野に貢献できると考えている。


 本論文の内容は、以下の論文等にて部分的に発表された。
1) S. Ito, H. Yoshikawa, and H. Masuhara: Appl. Phys. Lett. Vol 78, pp. 2566-2568 (2001).
2) 伊都将司、吉川裕之、増原宏:真空ジャーナル、No. 77, pp. 6-8 (2001).
3) S. Ito, H. Yoshikawa, and H. Masuhara: Appl. Phys. Lett. Vol 80, pp. 482-484 (2002).


<参考文献>
[1] D. M. Eigler and E. K. Schweizer: Nature 344, 524 (1990).
[2] M. Martin, L. Roschier, P. Hakonen, U. Parts, M. Paalanen, B. Schleicher, and E. I. Kauppinen: Appl. Phys. Lett. 73, 1505 (1998).
[3] 西川治 編著:走査型プローブ顕微鏡、丸善 (1998).
[4] S. Huang, H. Sakaue, S. Shingubara, and T. Takahagi: Jpn. J. Appl. Phys. 37, 7198 (1998).
[5] G. Tsutsui, S. Huang, H. Sakaue, S. Shingubara, and T. Takahagi: Jpn. J. Appl. Phys. 38, L1488 (1999).
[6] 物質・材料研究機構、粒子アセンブル研究会 編:粒子集積化技術の世界、工業調査会 (2001).
[7] A. Ashkin, J. M. Dziedzic, J. E. Bjorkholm, and S. Chu: Opt. Let. 11, 288 (1986).
[8] K. Svoboda and M. Block: Opt. Lett. 19, 930 (1994).
[9] Y. Harada and T. Asakura: Opt. Comm. 124, 529 (1996).


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