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■経済産業大臣賞
「『インテリジェント触媒』の研究開発と実用化
  〜自己再生型排ガス浄化用自動車触媒〜」

ダイハツ工業株式会社 材料技術部
上西 真里、田中 裕久氏  
日本原子力研究所 放射光科学研究センター
西畑 保雄氏    

1. はじめに

 生物にみられる自己再生(治癒)機能を、工業材料において実現することは材料開発者の夢であった。通常の工業材料や製品は、使用時間の経過にともない性能が落ち、特別に手を加えないと再生しない。自動車触媒においても、従来技術では走行距離を重ねるごとに排ガス浄化性能が低下するため、限られた資源である貴金属を多量に使用し性能の不足分を補っていた。われわれは、使用環境の中で自ら痛んだところを治癒し若返ることにより、いつまでも新品同等の高性能を維持する自動車排ガス浄化触媒を「インテリジェント触媒」と名づけ1-5)、世界で初めて実用化した。またその自己再生メカニズムについてSPring−8の高輝度放射光を用いて解明した。この触媒技術が今後のグローバルスタンダードに発展成長し、社会的課題であった自動車用途での貴金属需要の正常化に寄与できることが期待されている。

2. インテリジェント触媒とは

 触媒におけるインテリジェンスとは使用される環境変化を敏感に察知し、自らの構造や機能を変えてその環境に常に適切な性能を発揮する能力と定義できる6)。現在の自動車用ガソリンエンジンは酸素センサを用いて、空気と燃料の比率(空燃比A/F)が化学的に等量点となるよう電子制御されているため、排ガス浄化触媒は常に1〜4Hzといった周波数で酸化還元雰囲気のゆらぎにさらされている。ペロブスカイト酸化物の結晶格子中に貴金属(パラジウム)を配位することにより、特別なエンジン制御を加えることなく、排ガスの自然な酸化還元のゆらぎに合わせて貴金属がペロブスカイト結晶から出入り(固溶・析出)して高分散状態を保ち、いつまでも高い触媒活性を維持させるものである。

 われわれは、この研究において触媒開発と同時にSPring−8の高輝度放射光を用いた結晶構造解析を実施し、材料設計の新しい概念を証明した。このインテリジェント触媒とその自己再生メカニズムの解析研究は科学誌「ネイチャー」に発表したことにより7)、世界各国からの注目を集めている。


3. 研究の背景

 自動車触媒はガソリン自動車の排ガス中に含まれる有害成分を無害な成分に変える働きを担い、実用化されて25年以上も経過している(図1)。

 1990年代からは全世界的な環境意識の高まりにより自動車の排ガス規制が強化されている。我が国は世界の指導的役割を担い平成12年度の規制強化に続き、法規制よりも75%有害物質を低減した超低排出ガス基準(U−LEV:☆☆☆)をはじめとするクリーン車の市場導入を推奨している。これに応えるにはエンジンシステムの改善と同時に、排ガス浄化用自動車触媒の性能向上が重要な鍵を握っている。

 特にエンジン始動直後からの排ガス浄化が強く求められるようになり、エンジン直下に搭載できる耐熱性の高い触媒の開発が焦点となっている。従来技術にて高い浄化性能と耐熱性を確保するには、複数の大きな触媒を組み合わせて用いたり、性能劣化分を見込み触媒成分である貴金属を多量に使用する必要があった。

 自動車触媒に使用される貴金属は白金(Pt)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)の3種である。特にPdはエンジン始動直後に多く排出される炭化水素(HC)を浄化する活性に優れるが、3種の貴金属中では最も融点が低く使用中の熱による劣化が大きく、自動車の寿命に応じた触媒性能を確保するには特に多量のPdが必要とされていた。



  

 欧州で排ガス規制が開始された1992年から全世界の自動車用途でのPd需要は急激に増加しここ10年で10倍以上となり、他の需要に対し大きな影響を与え、自動車用途での使用量の大幅な削減が社会的な使命となっていた(図2)。

4. インテリジェント触媒の設計と耐久性能

 これまでの自動車触媒はアルミナなどの比表面積の高いセラミックス粒子の上に貴金属を分散させていた。これは貴金属間の距離を稼いで、貴金属が高温環境下で物質移動により集合(肥大化)し活性点が減少するのを防ぐためであった。しかしながら先に述べたように、自動車の一生の間、無交換で活性を維持させるためには多量の貴金属を必要としていた。

 今回、全く新しい概念によりインテリジェント触媒を開発した9)。これはABO3型の原子配列を持つペロブスカイト酸化物の結晶中にPdをイオンとして配位することにより、自動車排ガス中で自己再生する能動的な機能を与えようというものである(図3)。従来は、貴金属を排気ガスと接触しにくいコート層内部に分散するだけでも活性を損なうものと考えられていた。ましてや貴金属を複合酸化物として結晶格子中に配位することは、活性を失い貴金属を無駄にすると思われていた。われわれは、ペロブスカイト酸化物自身の持つ触媒活性と耐熱性を貴金属と組み合わせることにより、高い活性を発揮し続ける触媒の実現をねらった。

 アルコキシド法によりPdを含有するLaFe0.57Co0.38Pd0.053ペロブスカイト酸化物を合成した2、7)。このペロブスカイト酸化物をハニカム(蜂の巣)状のセラミックス担体にコートしてインテリジェント触媒を作製した。Pd担持量は触媒1リッター容積あたり3.24gとした。比較のため従来技術に従い同量のPdをアルミナに担持した触媒を調製した。

 このインテリジェント触媒を実エンジン排気管に装着し、市場での劣化を模擬するために900℃にて100時間加速耐久させたところ、触媒性能の低下は見られず高活性な状態を維持していることが確認できた(図4)。一方、同量のPdをアルミナに担持した従来型触媒は10%近い活性低下が観察された。

 耐久試験後に燃料リッチ(還元)雰囲気のまま冷却しエンジンを止めた後、インテリジェント触媒上のPd粒子を透過型電子顕微鏡により観察したところ1〜3nmという微細な状態で保たれ、従来型触媒のPd粒子が120nmまで肥大化したのと比べて顕著な差があることがわかった(図5)。このような長時間高温での耐久後にPd粒子がユニットセルの数倍という粒径を保っているのは極めて注目に値する。このメカニズムを材料解析により解明した。


5. 自己再生機構の解明

 貴金属粒成長の抑制機構を調べるために、排ガスの酸化還元雰囲気変動をモデル化し、ペロブスカイト触媒を酸化(大気)、還元(水素10%)、再酸化(大気)の順に各々800℃にて1時間の熱処理を行った。この熱処理は実際の排ガスの雰囲気変動(1−4Hz)に比べて十分長い時間なので、酸化と還元に対応した極限の構造変化を観察することに相当する。

 Pdに的絞りしてその存在形態を詳細に調べるには、Pdの含有率がわずか数%にすぎないため高エネルギーのX線が必要であった。そこで第三世代大型放射光施設SPring−8を用いてPdのK吸収端エネルギー(24.35keV)近傍でのXAFS(X-ray Absorption Fine Structure)測定を行った。

 図6(a)ではXANES(X-ray Absorption Near Edge Structure)スペクトルを比較する。標準物質として用意したPdOの吸収端の位置はPdの原子価が+2価であることを示す。酸化処理後の吸収端は高エネルギー側へシフトしており、Pdの原子価が+2価より大きいことを示唆している。次に還元処理後の吸収端はPd箔と良く一致しており、金属状態であることが分かる。再酸化により吸収端位置はほぼ酸化試料の位置に戻る。

 図6(b)にはEXAFS(Extended X-ray Absorption Fine Structure)信号をフーリエ変換することにより求められたPdの周りの動径構造関数を示す。酸化処理後のPd周りの第1近接ピークは6個の酸素原子を表しており、Pdはペロブスカイト結晶の酸素八面体の中心(Bサイト)に占有していると言える(Pdの固溶)(図3)。次に還元処理後の第1近接のピークはPdとCoの合金(面心立方格子)として説明できる(Pdの析出・粒子化)。再酸化処理後のPd周りの局所構造はほぼ完全に復元している(Pdの固溶・再生)。



 実際の排ガス浄化触媒として使用される時間の流れの中で、貴金属の自己再生メカニズムを図7にまとめ、従来型触媒と比較した。図中のインテリジェント触媒の楕円はサブミクロンサイズのペロブスカイト結晶の粒子を表している。酸化雰囲気ではPdはペロブスカイト酸化物に固溶しているが、還元雰囲気では金属として結晶外に析出しナノメートルサイズの粒子を形成する。そして再酸化によりPdは再びペロブスカイト結晶中に固溶する。この機構が実際のエンジン排ガスの自然な雰囲気変動によって引き起こされ、貴金属が微細に維持されると考えられる。一方、従来型触媒の担持された貴金属は肥大化し続け、活性は劣化するばかりである。


6. 実用化と将来展望

 実用化にあたり環境への配慮と高温での結晶安定性の点からCoを使わない新組成のペロブスカイト酸化物(LaFe0.95Pd0.05O3)を開発した10)。これはドイツの大気環境汚染防止技術指針(TA-Luft)など、一部の国ではあるがCoの使用自粛が求められていることを受け、グリーンケミストリーの考え方に基づき全く環境に負荷を与えない成分で構成することを実現したものである11、12)

 従来触媒に比べてPdを大幅に低減してもより高い性能を発揮でき、これにより組み合わせて使われるPtやRhの仕事量も低減できることから、それらの貴金属も含み総量で約70%の使用量を低減できるようになった13)。このインテリジェント触媒は、2002年10月に発売となった新型軽自動車に搭載され、複数の触媒を組み合わせることなく触媒1つのみで最もクリーンな超低排出ガス基準(U−LEV:☆☆☆)認定を取得、順次採用を拡大し既に2003年3月末時点で累積生産数は10万個を超えている。

 自己再生型インテリジェント触媒の完成による社会、経済に対する貢献の可能性は大きい。この触媒技術は単に新製品開発にとどまらず、新しい材料設計手法を提案するものであり、今後の国際標準となり自動車需要における貴金属資源問題の解決に大きく寄与するものと期待する。さらに自動車以外の多くの内燃機関に対しても、クリーン化への扉を開くものと希望する。

7. 謝辞

 触媒研究に対し、工学院大学 教授 御園生誠様、東京大学 教授 水野哲孝様、元竃L田中央研究所 木村希夫様のご指導にお礼申し上げます。自己再生メカニズムの解析に対し、日本原子力研究所の水木純一郎様、立命館大学 教授 岡本篤彦様、東京理科大学 教授 浜田典昭様、鳥取大学 助手 赤尾尚洋様のご協力にお礼申し上げます。量産化にあたり潟Lャタラー 佐藤容規様、成田慶一様、佐藤伸様、北興化学工業 金子公良様、御立千秋様のご協力に感謝します。共同開発者のダイハツ工業梶@丹功様、梶田伸彦様、谷口昌司様に感謝します。



<参考文献>
1) 上西真里、丹功、田中裕久:「インテリジェント触媒〜自己再生機能をもつ自動車排ガス浄化触媒〜」,自動車技術、Vol.55, No.9 (2001) p.81.
2) H.Tanaka, M. Uenishi, I. Tan, M. Kimura, Y. Nishihata, J. Mizuki: "An Intelligent Catalyst", SAE Paper, 2001-1-1301 (2001).
3) H. Tanaka, M. Uenishi, I. Tan, M. Kimura, K. Dohmae: "Regeneration of Palladium Subsequent to Solid and Segreration in a Perovskite Catalyst : An Intelligent Catalyst", Topics in Catalysis, Kluwer Academic/ Plenum Publishers, Vol.16/17, No.1-4 (2001) p.63.
4) 田中裕久:「インテリジェント触媒」、環境触媒ハンドブック、岩本正和監修、潟Gヌ・ティー・エス (2001) p.320.
5) 田中裕久、西畑保雄:「インテリジェント触媒〜貴金属が自己再生する自動車排ガス浄化触媒〜」、触媒年鑑、触媒学会編 (2003) 1
6) インテリジェント材料:「インテリジェント材料フォーラム(特別号)」未踏科学技術協会 1990年5月による定義の「材料」を「触媒」に置き換えた。近年は同協会により『自ら感じ(センサ機能)、自らが判断して(プロセッサ機能)、適切な行動をおこす(アクチュエーター機能)能力を材料自体が併せ有する「インテリジェント材料」』と定義されている。http://snet.sntt.or.jp/imf/
7) Y. Nishihata, J. Mizuki, T. Akao, H. Tanaka, M. Uenishi, M. Kimura, T. Okamoto, N. Hamada: "Self-regeneration of a Pd-perovskite Catalyst for Automotive Emissions Control", Nature, 418 (2002) p.164.
8) Platinum Interim Review, Johnson Matthey刊から各年のデータを引用しグラフ化.
9) 西畑保雄、田中裕久:「不老不死の自動車排ガス浄化触媒」、SPring-8利用者情報、Vol.7, No.6 (2003) p.359
10) I. Tan, H. Tanaka, M. Uenishi, N. Kajita, M. Taniguchi, Y. Nishihata, J. Mizuki: "Research on the Co-free Intelligent Catalyst", SAE Paper, 2003-01-0812 (2003).
11) P. T. Anastas, J. C. Warner: "Green Chemistry: Theory and Practice"、 グリーンケミストリー、渡辺 正、北島 昌夫 訳、丸善 (1999)
12) 御園生誠、村橋俊一編:グリーンケミストリー、講談社 (2001)
13) N. Sato. H. Tanaka, I. Tan, M. Uenishi, N. Kajita, M. Taniguchi, K. Narita, M. Kimura: "Design of a Practical Intelligent Catalyst", SAE Paper, 2003-01-0813 (2003).


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