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■フジテレビジョン賞
「機能性基板上へのIII族窒化物薄膜のヘテロエピタキシー
  〜ウェアラブル知能化素子の開発を目指して〜」

東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻博士課程3年
太田実雄氏  

1. 緒言

 近年、GaN系III族窒化物半導体を用いた短波長発光ダイオードが実用化され、半導体による光の三原色が揃ったことから、鮮明な大型フルカラーディスプレイが実現した。また、低消費電力で長寿命の発光ダイオードを使った交通信号機が使われ始めており、さらに記録密度を飛躍的に高めた次世代DVDや蛍光灯に代わる長寿命の光源などの実現が期待されている。このようにGaN系窒化物半導体を用いたデバイスは我々の生活に深く浸透し始めており、高度情報化社会あるいはマルチメディア時代の到来を現実のものとする動きを支えている。現在、これらの用途に使用されるGaN系窒化物半導体デバイスはサファイア基板上へ作製されている。これは、GaNのバルク単結晶が作製困難であるために、"ヘテロエピタキシー"と呼ばれる異種基板上への成長に頼らざるを得ないことと、現在の窒化物成長手法においてサファイア基板が最も安定に使用できることなどが要因となっている。しかしながら、サファイアは絶縁体であるために電極としての機能や、基板材料と薄膜材料間の異種材料の接合(ヘテロ接合)による機能を利用することができず、単なる構造材料にしかすぎない。このため、GaN系窒化物半導体のより広い応用を目指して様々なヘテロエピタキシーが盛んに研究されている。例えば、電子デバイス材料であるシリコン基板上への窒化物薄膜の作製、磁性体と窒化物の異種材料のヘテロ接合、窒化物と結晶構造の似た基板材料上への窒化物薄膜のヘテロエピタキシー、安価で大面積化が可能なガラス基板上へのヘテロ成長などが挙げられる。これらのヘテロエピタキシーが可能となれば、機能性異種材料と窒化物薄膜の組み合わせによる知能化素子の開発が可能となり、例えばシリコン系電子デバイスと窒化物系光デバイスの融合、高感度ホール素子、高効率発光ダイオード、安価で大面積な窒化物デバイス作製が実現する。

 しかしながら、いずれの基板においても良質な窒化物薄膜が得られていないのが現状である。これは、現在窒化物の成長手法として主流である有機金属気相成長法(MOCVD法)や分子線エピタキシー法(MBE法)では700℃以上の高温成長であることと、窒素源に反応性の高い窒素プラズマあるいはアンモニアガスを用いていることによるものである。また、高温であるため、試料冷却過程における熱歪みの問題も発生する。これらの問題を解決するためには、反応性の低い雰囲気下での成長、低温成長(できれば室温成長)が必要と考えられる。

 このような観点から、本論文では従来の窒化物成長法とはその原理が全く異なったレーザーアブレーション法(pulsed laser deposition : PLD法)という成長手法に注目し、機能性基板上へのV族窒化物薄膜ヘテロエピタキシーを試みた。まず、PLD法について述べ、高品質化を目指した極性制御プロセスの開発に触れた後、実際に行った機能性酸化物基板上、電磁鋼板上への窒化物薄膜ヘテロエピタキシーの結果を示す。最後に、その意義、および今後の展望についてまとめた。

2. レーザーアブレーション法によるIII族窒化物薄膜作製

 現在作製されているIII族窒化物薄膜は主に有機金属気相成長法(MOCVD)や分子線エピタキシー法(MBE)によって作製されている。これらの成長法では、窒素分子の結合エネルギーが大きいため窒素ガスを窒素源として用いることができず、プラズマ化するかもしくはアンモニアを用いていた。また、700℃以上の高温という条件で行われるため下地となる基板表面の窒化反応、高温による基板の劣化の影響があり、成長用基板は結果として熱化学的に安定なサファイア基板に限定されている。

 これらの成長法に対し、PLD法は、高エネルギー紫外線レーザーによる原料の昇華を利用した成長手法であり、昇華した材料の作り出す局所的な強い非平衡場により窒素ガスが解離・反応するため、III族窒化物半導体の低温・窒素雰囲気中での成長が可能と考えられる。本研究で用いたPLD装置の概略図を図1に示す。KrFエキシマレーザーをエネルギー密度3J/cm2、繰り返し周波数10〜15Hzで原料となるターゲットに照射した。レーザー照射によりターゲット原料は瞬間的に昇華し、プルームと呼ばれる一種のプラズマ状態となって雰囲気ガス分子との衝突を繰り返した後、基板上へ到達して薄膜を形成する。窒素源として窒素ガスを10-5 Torr〜0.1 Torr導入した。基板温度は室温から700℃に設定した。試料表面の状態は反射型電子線回折法(RHEED)によるその場観察を行って評価した。

3. 界面急峻性の実現

 MOCVD法などにおけるIII族窒化物のSi基板上への成長では、窒化反応によるアモルファスSiN界面層形成が問題となっている。PLD法では窒素雰囲気中の窒化物薄膜成長が可能であることから、基板表面の窒化反応を抑え、窒化層形成を抑制できると期待される。PLD法によってSi基板上へのAlN薄膜作製を行い、その界面構造を評価した。図2Aに示すように光電子分光法によってAlN成長前後でのSi2pスペクトルを測定したところ、界面にSiN結合がないことが分かる。また、透過型電子顕微鏡による界面構造観察からも極めて急峻な界面が得られていることが確認できた。さらに、酸化物基板や金属基板などにおいても評価を行ったところ、やはり基板表面の窒化反応が抑制されており急峻な界面を持った構造が得られることが分かった。このことから、PLD法においては基板表面の窒化反応を抑制し、急峻な界面を持ったIII族窒化物薄膜成長が可能であることが示唆された。そこで、AlN薄膜を絶縁体として用いたAl/AlN/Siという金属-絶縁体-半導体(MIS構造)を作製し、その電気的な特性を容量測定によって評価した(図2B)。反転層形成を示す良好な特性を示したことから界面のミスフィット転位が電気的に不活性で急峻な界面を実現できていることが分かった。このことから、AlN薄膜を絶縁体として用いたSi電子デバイス作製が可能であることが分かった。さらに、このAlN薄膜がエピタキシャルであることから、3次元集積回路の可能性が示唆された。


4. 極性制御プロセスの開発

 III族窒化物半導体は極性半導体であり、図3に示すように、Ga面とN面の二つの結晶軸が存在する。実際のヘテロエピタキシャル成長において、この結晶軸がどちらの方向を向くかによって成長速度や不純物取り込み、そして結晶成長様式が全く異なってくる。従来の研究から、N極性よりもGa極性の方が、より高品質な膜質となり、より平坦な表面構造を持つことが知られている。このことから、PLD法におけるGaN薄膜成長においてもGa極性を実現するための極性制御プロセスが必要であり、その開発を行った。

 通常、PLD法において、基板上へ直接GaN成長を行うと図4AのようにRHEED回折による観察においてN極性GaNに特有の3×3表面再構成パターンが得られる。このことからGa極性GaNを実現するためには、基板とGaN薄膜の間に極性をコントロールできるような中間層を挟む必要であることが分かる。そこで、化学量論組成からずれたAl−rich AlN薄膜を中間層として用いることを検討した。理論的な計算により、Al−richにすることによりAlN薄膜の表面エネルギーが変化し、Al極性AlNが得られると予測されたからである。実際の薄膜成長では成長時の窒素雰囲気圧力を減少させる(10-2 Torr→10-5 Torr)ことによりAl−rich AlN薄膜が得られ、これを中間層とした後、GaN薄膜を堆積した。電子線回折像は図4Bのように1×1構造となっており、極性に変化が生じていることが示唆された。実際に極性を同定するため、アルカリ溶液(NaOH:1.8M)によるケミカルエッチングによる判定を用いて評価した。Ga極性とN極性ではアルカリ溶液に対する耐性が異なっており、Ga極性の場合、耐性が強くエッチング速度が遅い。図5に示すようにAl−rich AlN中間層を用いたGaN薄膜ではエッチングレートが遅くGa極性GaNであること分かる。また、同軸型イオン散乱分光法によってもGa極性であることが確認された。フォトルミネッセンスによる光学特性評価を行ったところ、N極性GaNに比べ、Ga極性GaNは欠陥準位や不純物準位に起因した550nm付近のいわゆるイエロールミネッセンス発光が著しく減少し、良質な薄膜となっていることが分かった。

 この極性制御プロセスの開発により、反転ドメインが少なく、より高品質なGa極性GaN薄膜を作製することが可能となった。



5. 機能性酸化物基板上へのGaN薄膜ヘテロエピタキシー

 続いて、酸化物基板上へのGaNヘテロエピタキシャル成長に取り組んだ。酸化物基板として、ZnO基板と(Mn,Zn)Fe24(フェライト)基板を用いた。

 ZnOはバンドギャップが3.2eVのワイドバンドギャップ半導体であり、紫外発光素子作製が期待されている材料である。ZnO中において形成される励起子の結合エネルギーが約60meV(室温のエネルギー:26meV)と大きく室温でも安定に存在できることから、高効率で単色性に優れた発光素子作製が期待されている。しかしながらZnOではデバイス作製に必須な伝導性制御、つまりp型ZnO作製が困難であるため発光素子は実現されていない。そこでp型GaN/n型ZnOのヘテロ構造作製による高効率発光素子開発を目指してマグネシウムをドープしたGaN薄膜のZnO上へのヘテロエピタキシーを行った。また、(Mn,Zn)Fe24(フェライト)は磁性体として広く用いられている材料であり、この材料上にGaNをヘテロエピタキシャル成長することができれば、超高感度ホール素子への応用が期待される。

 半導体のヘテロエピタキシャル成長では、薄膜と基板間の格子不整合が薄膜中の結晶欠陥生成に大きな影響を及ぼすことが知られている。格子不整合は、

 格子不整合=(afilm−asub)/ asub
(afilm: 窒化物薄膜の格子定数、asub: 基板結晶の格子定数)

と表される。この値が大きい程格子不整合が大きくヘテロエピタキシャル成長が難しい。GaNと基板の格子不整合は、図6から分かるようにZnOが1.7%、フェライトが3.8%であり、サファイア基板(16%)に比べてもかなり小さいことから高品質なヘテロエピタキシーが期待できる。また、熱膨張係数差に起因した熱的歪みを緩和するためにも低温での成長が望ましい。


 実際の薄膜成長の前に基板表面処理を行った。基板表面の荒れは本質的に薄膜中の結晶欠陥の起源となるため、基板表面は可能な限り平坦であることが望まれる。しかしながら、ZnO、フェライト基板の基板表面処理技術は確立されていない。そこで、まずGaN薄膜成長前の基板表面平坦化を行った。基板表面をメカノケミカル研磨により鏡面へ加工する。この処理後、表面粗さのroot-mean-square(rms)値は数nmである。半導体結晶の単位格子が0.5nm〜1nm程度であることを考えれば、表面粗さの与える影響の大きさが伺えるであろう。そこで、より平坦な表面を得るためフェライトに対しては800℃での真空中アニール、ZnOに対してはZnの再蒸発を抑制するためface-to-face法(図7)による1150℃、3時間の大気中アニール処理を行った。この処理によって、基板の表面平坦性が劇的に向上し、表面粗さのrms値はいずれの基板も約0.3nmとなった。さらにRHEED像においては表面再構成パターンが得られ、不純物の少ない、原子レベルで平坦な表面であることが示唆された。特にZnO基板では図8に示すように単位格子一個に相当するステップが観測され、超平坦化表面であることが分かった。


  このように、適切な基板表面処理を加えることによって、基板表面を平坦化した後、GaNのヘテロエピタキシーを行った。どちらの基板上においても、結晶性に優れた薄膜を得ることができ、フォトルミネッセンスにおいて明瞭なバンド端近傍からの発光を観測することができた。さらに、成長時の基板温度を室温から700℃まで変化させ、成長する薄膜の結晶性を観察したところ、驚いたことに室温でもそれぞれの基板上でGaNのエピタキシャル成長が確認された。

図9に室温成長したGaN薄膜の電子線回折像を示す。明瞭なストリークパターンが観測され、エピタキシャル成長していることが分かる。MOCVD法やMBE法において600℃以下の成長温度ではGaNが多結晶あるいは非晶質薄膜となることを考えれば、室温でも単結晶薄膜が得られることは、格子不整合の小さい基板を用いたことと、成長手法であるPLD法に特有の現象だと考えられる。さらに、室温成長において2次元的な成長から3次元的な成長への遷移がRHEED回折と表面構造観察において観測された。これは基板と薄膜の格子不整合に起因した格子歪みの緩和が起こっていることを示している。これらの結果は、PLD法ではレーザーによって昇華した粒子の持つ運動エネルギーが大きく、基板温度が低くても基板表面における原子のマイグレーションエネルギーが保たれており、室温でも結晶化・歪み緩和がおこっていることを示している。これらのことから、PLD法を用いることによって、窒化物薄膜を低温で格子不整合の小さい基板上に成長することが可能となり、格子不整合と熱膨張係数差の問題を同時に解決できることが示唆された。また、ZnO、フェライト基板上へのヘテロエピタキシーが可能であることが明らかとなり、p−GaN/n−ZnO、GaN/フェライトのへテロ接合による高効率発光素子、超高感度ホール素子実現への可能性が示された。

6. 低コスト化・大面積化を可能とする電磁鋼基板上へのGaN薄膜の作製

 "電磁鋼"は、鉄に3%程度のSiを加え、結晶方位や磁区幅のコントロールなどの改良がなされた鉄のことであり、その組成はFe 0.97 Si 0.03で表される。この電磁鋼板はその作製プロセスが非常に簡便であり、シリコン基板と比べても桁違いに安価で入手できる。高い結晶方位性、大面積性、桁違いに安いコスト面などの利点から、この電磁鋼鈑を結晶成長用基板として用いることが出来れば、コスト面においても、またIII族窒化物デバイスの大面積化という観点においても、産業的に非常に大きな貢献を期待できる。


 実際のGaN・AlN薄膜作製においては、まず、基板表面を平坦化を行った。RHEED像において表面再構成パターンが観測され、優れた表面状態を実現した。このような電磁鋼の基板表面処理を施した後に、二段階成長法(低温での成長の後に温度を上げ高温成長する手法)によって窒化物薄膜を作製した。RHEED観察による構造評価を行ったところ、図10内のRHEED像からわかるように、見事に単結晶GaN・AlN薄膜が得られていることが明らかになった。さらにGaN薄膜のフォトルミネッセンス特性を評価したところ、図10のように360nm付近に明瞭なバンド端近傍からの発光が観測され、高品質な薄膜が得られていることが分かった。この結果から、電磁鋼板上に良質なGaN薄膜作製が実現でき、安価で大面積の窒化物系デバイス作製が可能であることが示された。

7. まとめ

 PLD法によるV族窒化物薄膜ヘテロエピタキシャル成長を試みた。PLD法では急峻な界面、極性制御、低温成長を実現できることがわかった。この技術をもちいることによって、急峻な界面を持った窒化物薄膜をヘテロエピタキシャル成長することにより、Si系電子デバイスへの応用、磁性体とのヘテロ接合によるホール素子、ZnOとのヘテロ接合による高効率発光素子、電磁鋼板を用いた安価で大面積デバイス作製が可能と考えられる。

 さらに、この「電磁鋼板上の窒化物薄膜」のさらなる応用として、ポリマー基板上への転写によるポリマーエレクトロニクスの実現があげられる。透明で柔らかいポリマー材料上へ電子デバイス・表示デバイスを作製することは、電子ペーパーやウェアラブルコンピューターといったデバイスが実現できるということを示しており、産業に大きなインパクトを与えるであろう。しかしながら、現実には良好な単結晶窒化物薄膜を成長させるためには、基板に高い結晶性が求められる。したがってこれまで非晶質性のポリマー上にそのような光・電子デバイス用の単結晶窒化物薄膜を作製することは不可能であった。そこで単結晶薄膜をポリマー上へ転写する方法が考えられる。具体的には電磁鋼上へ作製した大面積GaN単結晶薄膜をポリマー上に載せた後、電磁鋼を化学的に削り取ることでGaN/ポリマー構造が得られる(図11)。この技術が実現すれば、ポリマー上に半導体集積回路を作製することも可能となり応用上非常に重要な意味を持つと考えられ、現在研究を進めている。


謝辞

 本研究を行うにあたり、御指導・御鞭撻を賜わりました東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻の尾嶋正治教授、藤岡洋助教授に心より感謝申し上げます。また、有意義なディスカッション、サポートをして下さった研究室のメンバーに感謝致します。


<参考文献>
[1] J. Ohta, S. Ito, H. Fujioka, and M. Oshima, Applied Physics Letters, 81 (2002) 2373.
[2] J. Ohta, H. Takahashi, H. Fujioka, and M. Oshima, Applied Surface Science, 190 (2002) 352.
[3] J. Ohta, H. Fujioka, M. Sumiya, M. Furusawa, M. Yoshimoto, H. Koinuma, and M. Oshima, Journal of Crystal Growth, 237‐239 (2002)1153.
[4] J. Ohta, H. Fujioka, M. Sumiya, M. Furusawa, M. Yoshimoto, H. Koinuma, and M. Oshima, Instisute of Pure and Applied Physics Series, 1 (2000) 359.
[5] J. Ohta, H. Takahashi, H. Fujioka, and M. Oshima, Applied Surface Science, 197-198 (2002) 486.
[6] J. Ohta, H. Takahashi, H. Fujioka, and M. Oshima, Physca Status Solidi. A. 188 (2001) 497.
[7]J. Ohta, H. Fujioka, H. Takahashi, M. Sumiya, and M. Oshima, Journal of Crystal Growth, 233 (2001)779.
[8] J. Ohta, H. Fujioka, M. Sumiya, H. Koinuma, and M. Oshima, Journal of Crystal Growth, 225 (2001) 73.
[9]太田実雄、藤岡洋、曽我雅行、前野克行、高橋宏行、A. Acosta、尾嶋正治, 平成13年度日本表面科学会講演会, 1C-12(表面科学会スチューデント奨励賞受賞)


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