トップページ 先端技術大賞とは 応募・審査について 受賞企業紹介 協賛について 関連情報
一覧に戻る
 

■産経新聞社賞
「オールメタル対応IHクッキングヒータの開発と商品化」

松下電器産業 松下ホームアプライアンス社 技術本部 電化住設研究所
弘田泉生氏、藤田篤志氏  
クッキングシステム事業部
片岡章氏、相原勝行氏、藤井裕二氏、宮内貴宏氏、槙尾信芳氏   

要旨

 IH(Induction-Heating;誘導加熱)を熱源に応用したIHクッキングヒータは、高効率、安全、快適、清掃性が高い等の特長が市場に受け入れられ、ここ数年大幅な伸びを示している。しかしながら、今後の更なる普及のためには、「銅やアルミなど非磁性かつ低抵抗率の材料が加熱できない」という課題解決が必要であった。この解決手段として、インバータの低損失化と加熱コイルの低損失化等の要素技術を確立し、商品化した。

Abstract
IH cooking device, to which Induction-Heating is applied as heat source, has been widely accepted and showing significant growth in the market over recent years because of its high efficiency, safety, amenity, and cleanliness.
However, there has been a longstanding problem that needs to be resolved for further expansion in the market; this device is not available to heat up non-magnetic and low-resistant materials such as copper or aluminum.
To address this problem, the principal technologies such as low-loss inverter and low-loss heating coil have been developed and commercialized.

1.はじめに


 IH(Induction-Heating;誘導加熱)をキッチンの主調理器へ応用したIHクッキングヒータは、高効率、安全、快適、清掃性が高い等の特長があり、特にここ数年は大幅な伸びを示している。このように市場で好評を得ている半面、今後の更なる普及のためには、「銅やアルミなど非磁性かつ低抵抗率の材料が加熱できない」という鍋の制約を大幅に無くす必要があった。この解決には誘導加熱の原理から、加熱コイルに流れる電流の周波数を高くし、加熱コイルの巻き数を増やせば良いことが過去から知られていたが、実際に製品化する上においては、「インバータや加熱コイルの損失低減」及び「部品の高密度実装と冷却確保」等が大きな課題であった。

2.IH調理器の特長と歴史

図1 誘導加熱の原理

 誘導加熱は図1に示すように負荷である鍋の下に配置された磁力発生コイル(加熱コイルとも表現される)から磁界を発生させ、電磁誘導により鍋底にうず電流を誘起させる。このうず電流により鍋自体が加熱される方式である。

 鍋自体が発熱することから、誘導加熱には次のようなユニークな特徴がある。
@直火はもちろんのこと、ヒータのような高温赤熱部も持たない。
A負荷自体が加熱するため、熱気や輻射熱としてのロスが少なく、高効率である。
Bワット密度を上げることが容易でハイパワー化が可能である。

 この誘導加熱が一般家庭用の調理機器に使われたのは1974年からであるが、実用化当時下記の課題があった。
@高価格であること
Aサイズが大型であること
Bアルミ製鍋が加熱できないなど使用可能な鍋材質が限定されること

 これらの課題の内@とAについては、約四半世紀に渡る継続的な取り組みにより改善が進み、現在では価格、形状とも実用化当時の約1/10程度となっている(図2)。

図2 IH調理器の歴史


 更にこの小形・低コスト化の進展及びインバータトポロジーの進化により、IH熱源の応用展開が可能となり、1988年にはIHジャー炊飯器、1990年にはキッチンの主調理器なる多口のIHクッキングヒータが実現された。

 しかしながらBの鍋の制約については、1980年半ばに非磁性ステンレスが加熱可能となったのみで、市場でのウェイトが高いアルミ鍋や、温度分布が良く調理性能が高い銅鍋、或いは1層目が薄いステンレスで2層目にアルミを設けている高価な多層鍋といったものは加熱できないという状況は未解決のままであった。

3.誘導加熱の原理とオールメタル対応

図3 高周波インバータと加熱コイル

 IH調理器においては、上記の加熱コイルに高周波インバータから数十kHzの電流を流すことにより高周波磁界を発生させる(図3)。この時、鍋の底面において、発生した高周波磁界を打ち消す方向に渦電流が流れるので、鍋の電気抵抗×渦電流の2乗なるジュール熱が発生し、鍋自身が発熱する。この誘導加熱における入力電力Pは鍋材質などで決まる表皮抵抗Rsに比例し、かつ渦電流の元となる磁界Hの2乗に比例する。表皮抵抗Rsは鍋材質の抵抗率ρ・透磁率μ・加熱コイル電流の周波数fの平方根に、また磁界Hは加熱コイルのターン数(巻き数)Nと電流Iに比例する。以上より加熱電力Pは
で表すことができる。上式より非磁性体は鉄などの磁性体に比べて透磁率が小さいため、同じ電力を得ようとすれば、周波数fまたは加熱コイルターン数・電流を大きくする必要がある。さらに同じ非磁性体であっても、例えばアルミは非磁性SUSの1/25の抵抗率であり、を5倍にする必要がある(表1)。今回の開発では周波数を従来の約3倍、加熱コイルターン数を約1.7倍、コイル電流はほぼ同じとしたが、下記の取り組みが必要であった。
(1)インバータの低損失化
   ・3倍共振インバータ技術
(2)加熱コイルの低損失化と耐圧確保
   ・コイル素線の細線化、撚り線(最適な構成)
   ・コイル線間の絶縁技術
(3)高密度実装と冷却
   ・各種発熱部品の冷却確保

表1 各種材料の抵抗率、比透磁率と加熱対象範囲比較



4.インバータの低損失化

 従来の加熱コイル電流及びインバータ周波数は約20kHzであり、単純に3倍(60kHz)で動作させると、インバータ内部でオンオフを繰り返している半導体スイッチング素子(IGBT;Insulated Gate Bipolar Transistor)のオンオフ回数も3倍となり、結果この素子の発熱が大きくなるという課題があった。(図4)。

図4 従来の考え方による高周波化


 図4のようにIGBTの損失が100Wから260Wに大きくなると、その冷却のための装置(具体的には空冷ファンなど)が大きくなり、所定の形状に収まらない、騒音が大きくなるなど非実用的な商品となってしまう。

図5 過去の試作品外観

 周波数アップに伴い発熱が増加するのは、IGBTのON−OFF遷移時にスイッチング損失が発生するためで、我々は過去にスイッチング損失が発生しないようゼロ電流スイッチング動作をさせる回路を検討した1)。しかしながらこの方式は加熱コイルと鍋と共振コンデンサで決定される共振周波数を常に追尾して制御する必要があり、従来の鉄用インバータの様にスイッチング素子(IGBT)の導通比や周波数で電力制御できない。従って電力制御のための回路が別途必要となり、その回路が大型かつ複雑になるという問題などがあった。図5に当時の試作品を示すが、1口のバーナかつ定格電力1.2kWにも関わらずIHクッキングヒータ部以上の大きさになっていることがわかる。

 今回の開発目標は、
 (1)搭載対象はIHクッキングヒータ(2口IH,1口ラジエントヒータ)(従ってオールメタル対応のインバータはもちろん、鉄用のインバータも筐体内に収める必要がある)
 (2)定格電力は鉄と同じ2kW
 (キッチンの主調理器として1.2kWでは火力が不十分)。
であり、過去の方式の延長では目標到達困難であった。

図6 共振電流減衰の比較(イメージ)


 こういった背景よりスイッチング損失が少なくかつ、電力制御が簡素に行える全く新しいインバータの開発が大きな課題であった。我々はこの課題に対し、アルミや銅が加熱困難な理由=「抵抗率が小さい」を逆に利用するという発想で「3倍共振インバータ」を生みだし解決を図った。図6は極短いパルス電圧を加熱コイルと共振コンデンサに印加した時の共振電流を示している。アルミ鍋は抵抗率が小さいが故に、鉄と比べて減衰が小さい。従ってこの特性を利用すればスイッチング素子(IGBT)の導通期間中に1周期以上の共振を得ることができ、スイッチング素子(IGBT)の周波数は低くかつ加熱コイル電流の周波数は高くすることが可能となる。具体的には鍋と加熱コイルと共振コンデンサで構成される共振回路の周波数を60kHz程度に設定し、IGBTは20kHz程度でスイッチングさせる(図7、図8)。この「3倍共振インバータ」は、スイッチング損失は発生するものの、周波数が従来と同じため損失増加とならない。さらにゼロ電流スイッチングの必要がないので、電力制御を周波数或いは導通比で行うことができる。3倍共振動作はアルミや銅といった抵抗率の低い材料でのみ可能であり、鉄など抵抗率の高い材料ではIGBTオン期間中に加熱コイル電流が減衰してしまい、動作不可となる。しかしながらこのインバータは、鉄などの鍋を加熱する場合、共振コンデンサの容量のみを切り替えて通常の1倍共振モード(加熱コイル電流とIGBT駆動周波数が同じ)で動作させることが可能である。鍋種の判断はインバータに流れる電流などにより自動的に判別してそれぞれのモードに切り替えるようにでき、使用者が鍋種毎にスイッチを切り替える操作は不要である。

図7 3倍共振インバータと従来方式の比較

図8 3倍共振インバータのブロック図


 以上の取り組みでスイッチング損失が小さくかつ比較的形状の小さいオールメタル対応インバータができたが、共振コンデンサの切り替え等アルミや銅を加熱するために必要な部品が新しく必要なため、従来の鉄用インバータと比較すると面積は大きくなり後述の高密度実装が必要であった。

5.内部電圧の高圧化

 加熱コイル(L)と共振コンデンサ(C)における共振周波数(f)は

で与えられ、加熱コイル電流の周波数を60kHzに設定するためにはLまたはCを従来の値よりも小さくする必要がある。しかしながら前述したようにLについては逆に大きくする必要があるので、結果的にはCを極端に小さくせざるを得ない。他方共振時における磁気エネルギーと電気エネルギーの関係は

であるのでCを小さくすると共振コンデンサ及び加熱コイルに印加される電圧vが大きくなる。具体的には従来品400Vrmsに対し、2500Vrmsと約6倍の値となり、高耐圧共振コンデンサの開発や下記の加熱コイル耐圧アップなどが必要となった。

6.加熱コイルの低損失化と高耐圧化

図9 表皮効果

  加熱コイルの電流を60kHzにすると、表皮効果により加熱コイルの高周波抵抗が増大し、巻き数を増やした弊害も加わって、従来の加熱コイル(φ0.3mm×50本)を用いると損失が約1400Wと非実用的な値となる。表皮効果とは、周波数が高くなるほど電流が加熱コイルの素線表面に集中して流れ、結果として流れる断面積が減って高周波抵抗が増える現象である(図9)。表皮効果を回避するためには素線径を小さくして表面積を大きくすればよいが、最適な素線径や、撚り方及び断面積を見いだす必要があった。例えば同じ素線径、同じ本数でも撚り方によって高周波抵抗は大きく異なるため、これら3つのパラメータを適宜変更しながら、最適な構成へ収束させた。最終、加熱コイルの構成をφ0.05mm×約1600本とし、表面積を従来の約5倍、断面積については従来よりも小さい約3mm2とし、高周波抵抗を従来の約1/10に低減した。これにより加熱コイルの損失は約200Wとなって、空冷可能なレベルに到達した(図8)。

図10 加熱コイルの断面積と高周波抵抗


 加熱コイルの素線径が小さくなると、撚る際に高精度のテンション調整が求められるに加えて、素線の表面に必要な絶縁膜の厚み確保が問題となる。すなわち従来と同様の厚みでは素線の本数が増えるため、集合撚りをした時点で加熱コイルの厚みが厚くなってしまい、冷却や、加熱効率の面で不利となる。さらに前述したように加熱コイルに印加される電圧は従来よりも極めて大きいため、絶縁が不備であると絶縁破壊の恐れがある。今回の開発では、素線1本1本の絶縁膜は従来より薄くし、集合撚りをした時点で全体をフッ素コーティングして、耐圧を確保した。

図11フッ素コーティング


7.高密度実装と冷却


 本開発のIHクッキングヒータは、キッチンに組込まれて使用されるため、大きさ(モジュール)が予め定められている。したがって、全ての内装部品は所定の本体寸法内に納める必要がある。本開発品は右IH側をオールメタル対応IHとしており、従来品に比べて制御基板の総面積は約170%増えている(図12)。これらの、制御基板を所定の本体寸法内に収め、かつ、スイッチング素子等の発熱する回路部品を冷却するために、図13に示すように制御基板を3段重ね構造とし(従来は2段重ね)、両軸シロッコファンを使用して3つの制御基板に分配して冷却風を当て、その冷却後の風を加熱コイルに回す工夫をすることで、少ない風量で高率良く冷却できるようになった。

図12 制御基板の比較
鉄加熱インバータ×2(写真上)
鉄加熱インバータ×1、オールメタル対応インバータ×1


図13 本体断面


8.まとめ

 本開発により、世界で初めてオールメタル対応のIHクッキングヒータを商品化できた。(図14) これにより、IH調理器実用化(1974年)以来の課題解決が図られ、今後、IHの普及が更に拡大すると思われる。また、今回の要素技術をより向上させ、小型・低コスト化を図りながら商品力をさらに高めて行きたい。

図14 本体外観

 


<参考文献>
1)宮内、弘田、大森、中岡;"アルミ鍋対応誘導加熱調理器"、平成6年電気学会全国大会論文集,574

<関連特許>
65件 540発明出願中


一覧に戻る


Copyright (C) 2003 日本工業新聞社