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フジテレビジョン賞
室温巨大磁気抵抗効果材料の開発
〜高感度磁気センサーをめざして〜


東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻
博士課程2年 水口将輝氏

1.緒言

 我々の日常生活の中では、気が付かないところで非常に多くの磁気センサーが使われている。今日では必要不可欠となったクレジットカードやプリペードカードの類の読み取りにも磁気センサーが応用され、自動車などのスピード検知器にも磁気センサーが内蔵されている。また、ここ数年で家庭にも急速に普及したパソコンのハードディスクにおいても、データの読み取りには磁気センサーが用いられている。この様に、我々の五感では感じ取ることのできない磁気エネルギーを様々な物理現象を介して間接的に感知するシステムが「磁気センサー」である。通常、これらの磁気センサーでは磁気エネルギーを電気信号に変換して感知しているわけであるが、その代表格の一つが「磁気抵抗素子(MR 素子)」であり、磁気エネルギーの時間変化を素子が感じ取って、抵抗値の変化として出力する素子である。

 しかしながら、上にも述べたようなストレージおよびメモリ産業においては、現在、ハードディスクの読み取りヘッド用磁気センサーでは、1 inch2当たり100 Gbit 程度の超大容量実現に向けて開発が進められている。要求される記憶容量の大きさは、年率100 %という凄まじいスピードで増加しており、2010年にもテラビット時代を迎えると予想されている。これは、言い換えればビットサイズが数ナノメートルという非常に小さなものになることを意味しており、当然、読み取り側の磁気ヘッドにも現存のものより大きな磁気抵抗効果(MR 効果)を示し、より磁気感度の高い材料が要求される。また、デバイスへの応用を踏まえれば、室温で高いMR 効果を示す材料であるということが必須となる。

 この様な観点から、本論文では室温で大きなMR 効果を示す材料の開発を試みた。まず、MR 材料の作製法について述べ、続いて実際にMR 効果を測定した結果を示す。また、光を照射することによる磁気抵抗の変化についても述べ、最後に本論文で開発した新材料で観測されるMR のメカニズムとその意義、インパクトについて議論してまとめとしたい。

2. MR 材料の作製

 現在、製品化されている様々なMR 素子の多くは、巨大磁気抵抗効果(GMR )やトンネル磁気抵抗効果(TMR )といった物理現象を利用した素子である。前者は非磁性層を保持力の異なる強磁性層でサンドイッチした構造をとっており、界面でのスピン依存散乱を利用している。また、後者では非磁性層に絶縁膜を用い、強磁性層の磁化の方向に依存してトンネル電流の大きさが変化し、抵抗が大きく変化するという原理である。これらのMR 素子に関する研究は非常に精力的に行われているが、本論文ではこれらとシステムを異にする「グラニュラー薄膜」法を採用して、超高性能MR 素子を開発した。グラニュラー薄膜とは、一般には非磁性体のマトリックスの中に強磁性クラスターが分散して埋め込まれた形状の薄膜を指す。本論文では強磁性クラスターをいわゆる自己組織化により分散させ、非磁性体でそれを埋め込むという方法でMR 素子を作製した。

 我々は半導体基板表面を硫黄原子一層で終端化することで、基板の表面エネルギーを小さくし、その上に成長させる強磁性クラスターを自己組織化により分散させることを試みた。基板として半絶縁性のGaAs 基板を用い、強磁性ナノクラスターおよび非磁性体としてはそれぞれMnSb およびSb を用いた。MnSb はキュリー温度587 ℃の強磁性金属である。まず、GaAs 基板を過硫化アンモニア溶液に浸してから超高真空中に導入して熱処理を施した後、分子線エピタキシー(MBE )法によりMnSb ナノクラスターおよびSb 層を成長した。MBE 法は、原子・分子レベルの組成制御性に優れているという点で、ナノテクノロジー分野での製膜技術では他手法の追随を許していない技術である。この際、MnSb の蒸着量を変えた試料を数種類、作製した。図1 に、この手法により作製したグラニュラー膜の表面構造を原子間力プローブ顕微鏡により観察した結果を示す。直径20 〜30 nm のMnSbクラスターが表面全体に分散している様子が分かる。これらのクラスターサイズは自己組織化の過程でほぼ自然に決まるものであり、蒸着量によってクラスター間の距離のみをコントロールできることが分かった(図1 のMnSb 蒸着量は0.7nm )。また、図2 は同じ試料内で、透過型電子顕微鏡により観察した、一つのクラスターの断面構造である。このイメージからも分かるように、GaAs 基板表面には一層の硫黄終端層が存在しており、その上に円錐台形のMnSb クラスターが成長し、さらにその外側をSb 層が覆い被さるように堆積していることが見て取れる。GaAs基板に直接MnSb を成長させると平坦な膜が形成されることはよく知られていたが、表面に一層だけ“硫黄の原子層を敷く”ことによって全く異なるナノ結晶が得られたわけであり、この手法は他への応用も可能であると言えるであろう。

3. 磁気抵抗効果の測定

 磁気抵抗測定は、基板を2 ×6 mm の大きさに切りだして、In によりコンタクトをとり、二端子法で、端子間に定電圧を印加しながら測定した。外部磁場は、基板表面と平行方向に-15 kOe 〜15 kOe の範囲で連続的に印加した(図3A )。MnSb の蒸着量が異なる数種類の試料について磁気抵抗を測定したところ、ある蒸着量の試料について、図3B に示すような非常に大きな磁気抵抗効果を観測した。無磁場の状態では抵抗値は10 kΩ程度のオーダーであったのに対し、磁場を引加すると抵抗が急激に増加し、15 kOe 印加状態では驚くことに10 GΩ台まで跳ね上がった。 MR 比を式1 のように定義したとき、磁場1 kOe でのMR 比は880 %、3 kOe でのMR 比は1,200,000 %、そして15 kOe でのMR 比に至っては5,500,000 %にも達する。



この様に、永久磁石で実現可能な磁場を印加しただけで抵抗値が金属的領域から絶縁体領域にまで変化する巨大MR 効果が室温で観測された例は今まで無い。加えて、観測された巨大MR 効果は磁場を切ると再び抵抗の低い状態に戻る可逆現象であり、磁場のOn/Off によって抵抗値が大きく切り替わる「スイッチング効果」が起きていると考えられる。

 図3 では定電圧100 V を印加しているが、この電圧値をいくつかの値に設定して同様な磁気抵抗測定を行ったところ、ある電圧では巨大MR 効果がほとんど見られないことが分かった。これは、スイッチング効果を起こすためにはある閾値超えた電圧を印加する必要があることを意味している。そこで、二端子間のI-V 特性を調べてみた結果が図4 である。無磁場の状態で、電圧を上昇していくとある閾値電圧で電流が急激に流れ出す(抵抗値が下がる)様子が明らかに確認できる。電圧100 V で電流値は最大値を取り、逆に電圧値を下げていくと再び閾値電圧値付近でヒステリシス(履歴)ループを描いて電流値は一気に低い値へとジャンプした。図中の矢印は、ヒステリシスの道順を示す。しかしながら、磁場を15 kOe 印加してI-V 曲線を測定すると、先ほどの閾値電圧でも電流値のジャンプは見られず、ほぼ直線的な電流-電圧特性が得られた。この測定により、高抵抗状態と低抵抗状態間のスイッチングが、磁場印加によって抑制されるために閾値電圧以上で巨大MR が観測されることが分かった。我々は、このスイッチング効果を「磁気抵抗スイッチ効果」と名付けた。

 ところで、先程「あるMnSb の蒸着量の試料について」巨大MR 効果を確認したと述べたが、その他の蒸着量の試料ではMR 効果はほとんど見られず、巨大MR 効果がMnSb の蒸着量にも大きく依存していることが分かった。この蒸着量とMnSb クラスターの形状の関係を調べるために、数種類の試料の表面構造をプローブ顕微鏡により観察した。すると、巨大MR 効果を示す試料の表面形状は、ちょうどMnSb クラスター同士が接触を起こす直前の状態であることが分かった。つまり、この蒸着量以下ではMnSb クラスターが完全に孤立した状態で存在してしまい、また、この蒸着量以上だとクラスター同士が接触して、単なるMnSb の連続膜となってしまうため、巨大MR 効果は観測されないことが分かった。この様に、この現象はクラスター間の非常に微妙な距離が引き起こしている現象なのである。

4. 光照射による効果

 InMnAs などの希薄磁性半導体では、光を試料に照射することにより、Mn イオン間の強磁性秩序が増強するという報告がある。我々の材料においても、光によってキャリアを制御できる半導体とのハイブリッド材料であるという特徴を活かすことができれば、磁場ではなく光で抵抗を変化させることができることになる。そこで、室温でMnSb グラニュラー膜に光を照射したときに、磁気抵抗にどのような変化が生じるのかを詳細に調べた。

 この実験では、GaAs のバンドギャップ(室温で1.43 eV )以上あるいは以下のエネルギーの光を試料表面に照射して磁気抵抗の変化を調べるという意味から、非磁性層として、基板と同じGaAs を用いた。つまり、完全なGaAs の中にMnSb クラスターが分散して埋め込まれている格好である。まず、光を照射しないで磁気抵抗効果の測定を行ったところ、この系においては、Sb 層を用いた系よりも閾値電圧が高くなっていることが分かった。そのため、図3B と同様に100 V の電圧を印加しても電圧が充分でないためにMR 効果は確認されなかった(図5A )。ここで、GaAs のバンドギャップ以上のエネルギー(1.49 eV )のレーザーダイオードからの光を試料表面に照射した状態で磁気抵抗効果を測定したところ、図5B に示すようなMR 効果が確認された。磁気抵抗比は磁場を800 Oe 印加した時に、20%の値が得られた。この値は、前章で示したSb 層を用いた系のMR 比に比べると小さいものであるが、InMnAs で見られる光誘起強磁性が35 K という低温で観測される現象であることを勘案すると、室温での値としては充分に大きな値であると言える。また、GaAs のバンドギャップ以下のエネルギーの光(0.95eV )を照射して磁気抵抗効果を測定したところ、図5C の様に、全体の抵抗値は減少したが、MR 効果はほとんど見られなかった。全体の抵抗値の減少の原因としては、光照射によりGaAs の中で誘起されたキャリアが、MnSb とGaAs 間のショットキーバリアの空乏層幅を減少させたため、伝導率が上がったと考えられる。

 また、図5B から分かるように、この光誘起によるMR 効果は、小さな磁場で起こっている。前章のMR カーブと比較しても有効磁場が800 Oe と減少しており、高感度磁気センサーを目指すという点では、この光誘起MR は効果的な現象であると言えそうである。

5. 磁気抵抗効果のメカニズムとその意義、今後の展望

 これまで述べてきたように、MnSb グラニュラー薄膜において巨大MR 効果を観測したわけであるが、このメカニズムはいったいどの様なものであるのだろうか。まず、図4 に示されているような、電圧印加に伴う高抵抗状態⇔低抵抗状態のスイッチング効果のメカニズムとしては、半導体でみられる電子雪崩(Avalanche breakdown )が元になっている可能性が高いと考えられる。ジャンプ前の抵抗値がほぼ半導体のそれに近いことから、閾値電圧前の状態では、電流はGaAs 基板側を流れていると考えられる。ここにある一定以上の電圧が印加されると、電子の連続的な電離が発生し、急激な抵抗低下が起き、低抵抗状態へとシフトするのである。低抵抗状態ではその抵抗値が金属のそれに近くなっていることから、なんらかのMnSb 金属を介した伝導形態になっていることが予想される。そこで、我々はこのグラニュラー膜に絶縁破壊が起きる程度の大きな電圧を印加し、その時の電流の流れる様子を光学顕微鏡で観察した。図6 が、絶縁破壊後の試料表面の様子であり、白色の部分が電流の流れた部分である。一方のIn コンタクトからもう一方のコンタクトの方向に向かって電流がフィラメンタリーに流れた様子を確認できる。これが、直接的に低抵抗状態の電流パスを示しているかは定かではないが、絶縁破壊直前には電流が直線的では無く、まるで珊瑚の様な形状のパスで流れていたと推測される。更に、このフィラメンタリーな電流パスはMnSb クラスターの分散の具合で決まるのだと思われる。

 次に、最も大きな疑問点として、スイッチング効果がなぜ、磁場によって抑制されるのかという点である。図7 にMnSb グラニュラー薄膜のI-V 特性の印加磁場依存性を示す。この図から、印加する磁場の大きさを増加していくと徐々にスイッチする閾値電圧が増加していくことが分かる。換言すると、磁場によって高抵抗状態から低抵抗状態へのジャンプに要する電圧が大きくなることになる。よって、15 kOe の磁場中では100 V の電圧ではスイッチが起きないのである。考えられるメカニズムとしては、磁場の印加に伴って電子の軌道がローレンツ力で曲げられ、GaAs を流れている電流がMnSbクラスターとの界面を超えて低抵抗パスに流れにくくなるというものである。このメカニズムの解明を目指し、今後、更なる研究を行う予定である。

 さて、これまで述べてきたように、今回非常に巨大な磁気抵抗効果が確認されたわけであるが、この磁気抵抗効果の性能を他のMR 素子と比較してみたい。図8 は、縦軸をMR 比、横軸を印加磁場として様々なMR 素子をプロットした図である。MR素子としては、小さな印加磁場で大きなMR 比が得られるものが高性能であり、図の中では左上に行くほど性能の良いMR 素子であると言える。我々のグラニュラー膜では、なんと言ってもMR 比が他の素子と比較して桁違いに大きいことが一目で分かる。しかもこれが室温で得られる値であることを考えると、磁気センサーなどへの応用には大きなブレークスルーとなる研究であると考えている。印加磁場については、現在のところ、100%のMR 効果を得るには550 Oe 程度の磁場が必要であり、今後の課題として、より高感度な磁気センサーの実現へ向けた材料開発を行っている。また、光誘起により抵抗値を変化させることができるのも、大きな利点であると考えている。磁場の強弱で抵抗の大きさを変えるよりも、光のon/off で抵抗を変化させた方がはるかに簡便かつ高速性に優れていることは明らかであろう。

 これまで、デバイス応用例では磁気センサーについてのみ触れてきたが、様々な特徴を有するこの材料は、現在精力的に実用化に向けた研究開発が進められている磁気抵抗ランダムアクセスメモリー(MRAM )や量子演算素子への応用の可能性も秘めており、新しいスピンエレクトロニクスデバイスへの道を開いた材料であると確信している。

 今後の展望であるが、やはり現段階で更なる改良の余地がある以下の二点の追求が課題となるであろう。

@動作磁場の低減→数十Oe 程度が目標
A印加電圧の低減→数V のオーダーが目標

 これらに向けての取り組みとしては、現在、リソグラフィー技術を用いることで、コンタクト間距離がマイクロメートルオーダーである素子を作製することにより、二つのパラーメータを低減させることができるのではないかと考えており、その作製に取りかかっている。また、未だ謎の多い磁気抵抗スイッチ効果のメカニズムの解明も今後の材料開発の指針として必要となるであろう。

6. まとめ

MBE 法を用いて作製したMnSb グラニュラー薄膜において、室温巨大磁気抵抗効果を発現させることに成功した。室温で15 kOe の磁場を印加した状態で、5,500,000 %の巨大磁気抵抗効果を確認した。また、光照射によって抵抗値を変化させることもできることが分かった。MnSb クラスターの分散状態をナノメートルのオーダーで制御することにより、高感度な磁気センサーへの応用が期待できる素子の開発が可能となった。

謝辞

本研究の一部は産業技術総合研究所において、新エネルギー・産業技術総合開発機構の援助のもとに行われました。また、本研究を遂行するにあたり、ご指導、ご鞭撻を賜りました東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻の尾嶋正治教授、小野寛太助手、および産業技術総合研究所の秋永広幸主任研究官に心より感謝申し上げます。


<参考文献>
[1] M. Mizuguchi, H. Akinaga, K. Ono and M. Oshima, Journal of Crystal Growth 209, 552 (2000).
[2] M. Mizuguchi, H. Akinaga, K. Ono and M. Oshima, Journal of Applied Physics 87, 5639 (2000).
[3] M. Mizuguchi, H. Akinaga, K. Ono and M. Oshima, Applied Physics Letters 76, 1743 (2000).
[4] M. Mizuguchi, H. Akinaga, K. Ono and M. Oshima, Journal of Magnetism and Magnetic Materials 226-230, 1838 (2001).
[5] 水口将輝,秋永広幸,小野寛太,尾嶋正治, "MnSb グラニュラー薄膜の作製と磁気光学特性 " 日本応用磁気学会誌24, 499 (2000).


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