トップページ 先端技術大賞とは 応募・審査について 受賞企業紹介 協賛について 関連情報
一覧に戻る
 

文部科学大臣賞
生命の起源の探究と新機能性蛋白質の創成にむけて
−試験管内分子進化法を用いて遺伝暗号を創る−


東京大学 大学院工学系研究科化学生命工学専攻
博士課程3年 斉藤博英氏

1. はじめに

  「生命は一体どのようにしてこの地球上で生まれたのだろうか?」
その途方もなく大きな問題について考える時、私は非常に楽しい思いと同時にある種の不安を感じる。それは、そのような基礎研究から世の中に役立つ技術が作り出せるだろうかということだ。このことは、本研究を始めるに至った私の一つの動機でもある。

 現存する全ての生命の機能を担う物質として、蛋白質は欠かせない。人のDNA配列の解読は終了したが、未知の遺伝子の同定及び蛋白質機能構造の解明は、まちがいなく21世紀の生命科学の一つの柱になるだろう。このように現存する蛋白質の研究ももちろん重要であるが、その進化について考えることも必要ではないだろうか。なぜならば、生命の起源において遺伝子や蛋白質がどのように進化したのか、という生命科学の根本的問題はほとんど明らかになっていないからである。この大きな問題に迫るため私は、試験管内分子進化法と呼ばれる実験手法を用いて蛋白質合成系の起源の探究を行った。この手法は、ダーウインが提唱した生命の自然進化を試験管内分子レベルで行おうとする画期的な方法である。

 生物が蛋白質を合成するには、まずトランスファーRNA (tRNA)と呼ばれるRNA分子が、その末端に対応するアミノ酸を正確に結合しなければならない。これが遺伝情報を蛋白質レベルに変換する鍵となる反応であるが、その反応系、すなわち遺伝暗号系の生命の起源における誕生過程は、大きな謎の一つである。

 私はまずRNA分子に注目し、遺伝暗号系を構築できるRNA酵素の分子進化を行い、その創成に成功した。さらに、そのRNA酵素を用いて、天然のアミノ酸とは異なる非天然アミノ酸を蛋白質の部位特異的に導入できる系を開発した。実際の実験手法の説明に移る前に、私がなぜRNAに注目したのか、その理由であるRNAワールド仮説について説明したい。


2. RNA ワールド仮説

  生命がその起源においてどのように働いたのか、ある程度の推測をすることは可能である。おそらくそれは、(1) 自身のコピーを増やし(情報維持)、(2) 外部からエネルギーを取り入れ代謝反応などを行い(酵素機能獲得)、(3) 環境に適応して進化したのだろう。現在の生命系ではDNAの遺伝情報がまずRNAに転写され、そのRNAの配列を元にして様々な機能を持った蛋白質が合成されている。それでは、そのような情報と機能の媒体分子であるRNAが、なぜ生命の起源研究において現在脚光を浴びているのだろうか?その理由は、1980年代初期の研究にまでさかのぼる。この時期にアメリカのグループが、RNA が酵素としても機能するという驚くべき成果を発表した。このような一連のRNA酵素 (リボザイム)の発見と、ある種のウイルスはDNAではなく、RNAを遺伝子として保有するという事実が、RNA ワールド仮説の概念へとつながった。即ち、「生命は、遺伝情報と触媒機能の両方を兼ね備えたRNA分子から誕生した」という説である (図1)。しかしながらRNAワールド仮説にも解決すべき疑問点が存在する。現存する生物の化学反応のほとんどは、蛋白質酵素が触媒している。その理由は、4種の塩基を利用するリボザイムよりも、20種類のアミノ酸を用いた蛋白質酵素を用いる方が様々な反応を触媒する上ではるかに有利であるためと考えられている。それでは、そのような数多くの蛋白質は、RNAワールドからどのように進化したのだろうか? この問題を考えるために、まず蛋白質合成系について簡単に触れてみたい。


3. 蛋白質合成系の起源 

  現在の蛋白質合成系で本質的な役割を果たすのは、リボソーム、メッセンジャーRNA (mRNA)、トランスファーRNA (tRNA)、そしてtRNAへのアミノ酸結合を触媒するアミノアシルtRNA合成酵素(ARS)である (図2)。最近の研究成果により、リボソーム大サブユニットに存在するRNA成分 (23S rRNA) は、ペプチド結合生成反応を触媒するリボザイムであることが証明された。これとは対照に、全ての生命の遺伝暗号形成に必須であるアミノ酸のtRNAへの結合は、蛋白成分のみから構成されるARSにより触媒される。しかしながら、RNAワールドから蛋白質ワールドへの移行過程を考慮してみると、原始蛋白質合成系には、ARSの機能を有したリボザイム (ARS-リボザイム) が存在していたのではないかと推測されている。だがこれまでの研究で、リボザイムがtRNAへのアミノ酸結合を触媒できるという実験的証拠は得られていない。さらにリボザイムが、蛋白質酵素のようにアミノ酸やtRNAを特異的に認識する能力を有するのかも明らかではない。このような理由から私は、試験管内分子進化法を用いてtRNAへのアミノ酸結合を触媒するリボザイムの創成を目的として研究を始めた。


4. 試験管内分子進化法

 試験管内分子進化法は、基本的に四つの実験系から構成されている (図3)。即ち(1) 約1012-1015の異なる配列を有するRNAプールを合成する。(2) 目的の反応を行い、活性を有するわずかなRNA分子をプールから選別する。(3) RT-PCRにより、わずかな活性RNA分子をDNAレベルで増幅する。(4) このDNAからT7 RNA ポリメラーゼを用いた試験管内転写によりRNAを合成する。以上(2)-(4)の過程を目的の反応を触媒するRNAがプール内で顕著になるまで繰り返す。私はこの手法を用いて、フェニルアラニンの活性体を基質として自己アミノアシル化反応を行うtRNA前駆体の分子進化を行った。このtRNA前駆体は、触媒活性のある5´リーダー部位とtRNAから構成される (図4左)。

 触媒活性のあるtRNA前駆体を得るために、まず私は、1015の異なる配列 を有するDNAプールを合成した。このDNAプールは、70ヌクレオチドのランダムな配列から成る5´-リーダー配列と合成tRNAの遺伝子から構成される。このDNAプールを試験管内転写することで、1015の異なる配列 を有するtRNA前駆体プールが得られる。反応系には、フェニルアラニン(Phe)の活性体であるBiotin-L-phenylalanyl-cyanomethyl ester (Biotin-Phe-CME)を加えた。自己アミノアシル化するわずかなtRNA前駆体は、それ自身にビオチン (Biotin)を結合するので、ストレプトアビジン-ビオチンの相互作用により単離することができる。反応に活性を示すtRNA 前駆体を容出後、RT-PCRによりそのDNA配列を増幅させ、T7 RNAポリメラーゼによりRNAに転写し、反応系に加えるという分子進化実験を15世代にわたりくり返した。その結果、非酵素反応と比較して1.6×105倍自己アミノアシル化を促進するtRNA前駆体の分子進化に成功した (図 5 A)。


5. 自己アミノアシル化するtRNA前駆体の生化学的解析

 次に私は、得られたtRNA前駆体の自己アミノアシル化機構を生化学的に解析した。まずアミノ酸結合部位を厳密に調べるため、過ヨウ素酸酸化処理及び3´-末端のアデノシン(A76)を欠如したリボザイムを用いて反応活性を調べた。その結果、3´-末端A76の水酸基に特異的にアミノ酸が結合することを見い出した。このリボザイムの基質濃度に対する反応速度解析の結果、Km=2.8+0.61 mM, kcat=0.13+0.014 min-1という値が得られた (図 5B)。更にアミノ酸の特異性を調べるため、種々の異なるアミノ酸活性体を用いて反応解析を行った結果、リボザイムはフェニルアラニンの活性体を特異的に認識し、反応を促進していることがわかった (図6)。また基質からのビオチンの削除、及び活性部位の他の活性基への変換は、反応に影響を及ぼさないことがわかった。これらの結果は、リボザイムは、フェニルアラニンの側鎖を本質的に認識し、自己アミノアシル化を触媒していることを示唆している。


6. アミノ酸のtRNAへの結合を触媒するARS-リボザイムの創成

 さらに私は、tRNA前駆体リボザイムに存在する5´-リーダー配列が、tRNAをアミノアシル化する能力を持つか調べた。その結果、このtRNA前駆体は、自然界に存在するリボザイムである大腸菌RNaseP RNAによって切断され、切断された5´リーダー部位は、tRNAをアミノアシル化できることがわかった(図 7A)。それゆえに、この5´リーダー配列は、tRNA のアミノアシル化を触媒するARS-リボザイムとして機能することが明らかになった (図 4右)。

 蛋白質ARSの機能として、基質となるアミノ酸とtRNAの特異的認識は必須である。それでは、リボザイムも同様の基質認識を行うことができるだろうか?私は、ARS-リボザイムの生化学的機能解析を行うことにより、以下に挙げる知見を得た。(1) リボザイムの最小機能構造はわずか58塩基から構成され、数塩基のRNAモチーフが基質アミノ酸とtRNAを特異的に認識する (図 7B)。 (2)tRNAの3´末端配列 CCA、及びそれに隣接する塩基は、リボザイムのアミノアシル化反応に必須である。(3)リボザイムはtRNAの末端アデノシンの3'-水酸基を選択的にアミノアシル化する。(4)リボザイムは、tRNAの祖先分子と考えられているミニヘリックス (tRNAのアクセプターステムとTψCループから構成され、蛋白質ARSの基質となる)をアミノアシル化できる。これらの実験事実は、蛋白質ARSにおけるtRNAアミノアシル化反応機構と類似しており、ARS-リボザイムが蛋白質ARS と同様の基質認識能力を有することを示唆しており興味深い。


7. ARS-リボザイムを用いた新規遺伝暗号系の構築

 新規遺伝暗号の創成には、任意のtRNAへの目的アミノ酸の結合が必須条件である。私は、リボザイムのループ部位がtRNAの3' 末端と塩基対を形成することに注目し、その部位に特異的塩基置換を導入することで、様々なtRNAへの特異性を自在に変化できるARS-リボザイムを開発した (図 8)。図8では、非天然アミノ酸導入を目的に開発された合成グルタミンtRNA (Gln tRNA)とアスパラギンtRNA(Asn tRNA)を基質として用いている。これらtRNAは、天然の蛋白質ARSには認識されないが、大腸菌の翻訳系で機能する性質を持っている。開発されたGln-リボザイムは、Gln tRNAに特異的にアミノ酸を付加し(図8 左)、またAsn-リボザイムは、Asn tRNAにのみアミノ酸を付加することがわかった(図8 右)。このように私は、一つのARS-リボザイムに塩基置換を導入することで、様々なtRNA へ特異的にアミノ酸を結合する新規遺伝暗号系の構築に成功した。このことは、リボザイムが蛋白質合成系の起源における遺伝暗号の創成に重要な役割を果たしたことを示唆している。


8. ARS-リボザイムを用いた非天然アミノ酸の目的tRNAへの導入

 天然蛋白質への非天然アミノ酸の導入は、蛋白質の特定部位の標識や機能性人工蛋白質の合成において非常に有用な技術である。この第一段階として、tRNAは、特異的に非天然アミノ酸を結合する必要があるが、従来の研究は、化学合成法や蛋白質ARSに変異を導入し、この反応を触媒しようとした。しかしながら、化学合成の反応効率は悪く、変異を導入した蛋白質ARSは、天然のアミノ酸と構造上非常に異なる非天然アミノ酸を認識することは難しい。私は、フェニルアラニンの誘導体である非天然アミノ酸を任意のtRNAに特異的に結合できるARS-リボザイムの系を開発した。 ARS-リボザイムを用いる利点は、リボザイムのtRNAやアミノ酸に対する特異性を分子進化により容易に変化できること、また天然のアミノ酸と構造上非常に異なる非天然アミノ酸でさえもtRNAに結合することができることである。このようにARS-リボザイムを用いて、目的のtRNAに非天然アミノ酸を導入できる系を私は世界で初めて開発した。この系を大腸菌リボソームの翻訳系と結びつけることで、蛋白質の標的部位への非天然アミノ酸導入が容易になり、新規蛋白質の創成につながる蛋白質工学上大変有益な技術となるだろう (図 9)。


9. 結論

 このように私は、(1) 試験管内分子進化法を用いて、アミノ酸のtRNAへの結合を触媒するARS-リボザイムの創成に初めて成功し、(2) そのリボザイムを改良して、アミノ酸を様々なtRNAに特異的に結合できる新規遺伝暗号系を構築した。これらの実験結果は、蛋白質合成系の起源におけるRNA酵素の重要性を裏付けると共に、非天然アミノ酸をtRNAへ特異的に導入できる新しい技術にもなった。このことは冒頭に掲げた研究目標である、生命の起源の探究と新規蛋白質合成技術の開発につながるのではないかと私は考えている。基礎と応用は表裏一体である。これからもその両立を目指して私は頑張りたい。


謝辞
本研究を行うにあたり実際に指導して下さったニューヨーク州立大学助教授の菅 裕明博士と、数多くの助言を与えてくださった東京大学教授の渡辺 公綱博士に感謝します。また合成tRNAの作成と毎日様々な研究の議論につきあってくれましたニューヨーク州立大学研究員 村上 弘 博士に感謝します。


<参考文献>
1. Lee, N., Bessho, Y., Wei, K., Szostak, J. and Suga, H. "Ribozyme-catalyzed tRNA aminoacylation" Nature Struct. Biol., 7, 28-33, 2000
2. Hirohide Saito, Dimitrios Kourouklis, Hiroaki Suga "An in vitro evolved precursor tRNA with aminoacylation activity" The EMBO Journal, Vol. 20, No. 7, pp.1797-1806, 2001
3. Hirohide Saito, Hiroaki Suga "A ribozyme exclusively aminoacylates the 3´- hydroxyl group of the tRNA terminal adenosine "J. Am. Chem. Soc. 123: (29) 7178-7179, 2001
4. Hirohide Saito, Kimitsuna Watanabe, and Hiroaki Suga " Concurrent morecular recognition of the amino acid and tRNA by a ribozyme " RNA., Vol. 7, pp. 1867-1878, 2001
5. Hiroaki Suga, Hirohide Saito , David R.W. Hodgson, "Ribozyme-catalyzed tRNA aminoacylation" The Aminoacyl tRNA synthetases, Landes Bioscience, 2002, in press.


一覧に戻る


Copyright (C) 2002 日本工業新聞社