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■特別賞(科学技術政策担当大臣特別賞)
「高出力型大容量プロトンポリマー電池の開発」

NECトーキン技術開発本部
信田知希氏、三谷勝哉氏、金子志奈子氏、西山利彦氏、紙透浩幸氏、吉成哲也氏  

1. はじめに

 従来、多くの有機高分子材料は電気絶縁材料として利用され「電流を流さない」ことが常識とされてきた。こうした常識を覆す発見が白川英樹博士らによるポリアセチレンフィルムの合成およびドーピングによる高い導電率発現によりなされたことは有名である。この発見を契機として多くの導電性高分子材料が研究され、今日ではキャパシタ、電池等の電子部品、帯電防止などに広く利用されている。

 近年、蓄電デバイスに対する要求は電子機器の高機能化に伴う高容量化や低環境負荷など多様化している。例えばPDAや携帯端末は、内蔵メモリーの高容量化が進み、そのメモリー保存のための高出力・高容量のバックアップ電源が必要とされてきている。こうした要求に対してリチウムイオン二次電池では出力不足であり、電気二重層キャパシタでは容量不足というように適当なデバイスが存在しない状態である。

 そこで私たちは、新たなコンセプトに基づく蓄電デバイス「プロトンポリマー電池」を着想し、その開発を実施した。この電池は、電極材料としてプロトン交換型の導電性有機材料、電解液には酸性水溶液を利用したものである。その特徴は、オンボード実装可能な長期サイクル性、数分単位の急速充電可能な高入出力、さらには重金属などの有害物質を含まない低環境負荷などが挙げられる。こうした特徴は従来の金属を利用した電池系では得られない導電性高分子を利用した系ならではものである。本稿では、プロトンポリマー電池の開発経緯とその特性、およびアプリケーション例について紹介する。

2. 開発の背景

 現在の蓄電デバイスにおける容量と出力の関係は、リチウムイオン電池に代表される大容量領域と電気二重層キャパシタなどの高出力領域に大きく二分される(Fig.1)。このうち電気二重層キャパシタは、充放電制御回路等が不要、優れた出力特性、ほぼ無制限な寿命といったメリットがある反面、エネルギー容量は小さい。また、リチウムイオン電池などの二次電池は、大容量ではあるが寿命に制限があり出力特性が劣るという欠点がある。


 電気二重層キャパシタの優れた特性を維持しながら、大容量を実現する蓄電デバイス開発は例えば、A. Rudgeらにより導電性高分子へのアニオンのドープ、脱ドープを利用した電池系の研究が進められている1),2)が実用化には至っていない。
そこで、私たちは導電性高分子を用いながら 従来のようなアニオンのドープ、脱ドープ反応ではなく、高分子中の窒素原子上に吸脱着するプロトンを利用したプロトンポリマー電池の開発に着手した。

3. 開発経緯

3-1 電極材料の探索


 電極材料選定の重要な要素として、起電力(正負極の反応電位差)が挙げられる。本電池のような酸性水溶液系の電解液を利用する場合、水の分解電圧以下の1.23V以下で、より大きな起電力が実現できる耐酸性を有する正負極の材料を選定することが必要である。例えば、代表的な導電性高分子であるポリアニリンは、Fig.2に示すように酸性水溶液中で100〜400mV (vs. Ag/AgCl付近)において、Scheme.1に示す水素イオンの授受による非常に可逆性の高い酸化還元反応を起こす3)ことが知られている。しかし、ポリアニリンの酸化還元電位は、電解液電位窓の中間付近にあるため、両極にポリアニリンを用いた電池の起電力は0.6V程度に過ぎない。


 そこで、以下の条件を満足するような導電性有機材料の探索をおこなった。

@耐酸性があること。
A1.0V以上の起電力が達成できる正負極二種類の材料。
B容量が100mAh/g程度あること。

 様々な材料の調査および実験を行った結果、正極活物質としてインドール系材料、負極活物質としてキノキサリン系材料が、ほぼ条件を満たす材料であることを見出した。CV試験によるサイクリックボルタモグラムを化学構造式とともにFig.3に示す。

 インドール系材料は、酸性水溶液中においてFig.3に示すように0.7V〜1.2V vs. Ag/AgCl付近において、Scheme.2に示すアニオンのドーピング(T)と水素イオンの授受(U)による酸化還元反応が観測された。ここで、水素イオンの関与する反応(U)は、Fig.3の1.0V〜1.2V vs. Ag/AgClのピークに相当する4)。その容量は90mAh/gであった。


 キノキサリン系材料は、酸性水溶液中において、Fig.3に示すように0V vs. Ag/AgCl付近で、Scheme.3に示す水素イオンの授受による酸化還元反応が観測された5)。その容量は110mAh/gであった。これらを組み合わせた際の起電力は約1.2Vと高く、両材料ともに10,000サイクル以上の充放電が可能であることが判明したため、電池用材料として更なる検討を進めた。


3-2インドール系材料(正極)の検討


 検討の結果、インドール系材料はポリマー体と3量体構造を有するものが見出された6)~9)。CV法により性能評価をおこなった結果、3量体構造の方が大容量でありサイクル性に優れていることが判明した。3量体とポリマーの分子構造および反応機構から考察すると、Fig.4に示すように、3量体(trimer)分子は、平面性構造が層状にスタッキングされて形成される結晶性の集合体であり、ポリマー体(polymer)は、ランダムな配列による集合体で、アモルファス状態である。


 インドール系材料では Scheme.2に示すように反応((T)+(U))において、(T)でアニオンのドープ、脱ドープ反応が起こるため、層状スタッキングした3量体の方がアニオンのインターカレーションが起こり易いと考えられる。これがポリマー体に比べ3量体の方が電極材料として優れる原因と推測される。

3-3キノキサリン系材料(負極)の検討

 CV法により掃引速度を変化させてキノキサリン系ポリマーの出力特性を評価したところ、充分な出力が得られないということが判明した。これはキノキサリン系ポリマーの電子伝導性が低いためであると考えた。

 この問題を解決するため、電子伝導性の高いカーボン導電補助剤との密着性の向上および均一混合を目的にポリマー重合過程で重合溶媒中にカーボン導電補助材を分散させた状態でキノキサリン系ポリマーの重合を試みた。得られた複合粉末(composite)と機械的にドライ混合させた混合粉末(mixed)のSEM写真をFig.5に示す。混合粉末はポリマーと導電補助材の混合が均一ではないことがわかる。複合粉末は導電補助材上にポリマーが被覆されて、電子伝導性を有する導電補助剤との密着が優れ、さらには均一な混合状態になっていることがわかった。この粉末を用い再度、CV試験をおこなった結果、容量と出力特性が大幅に向上した。


4. プロトンポリマー電池の特性

4-1 パワー特性

 正極にはアニオンのインターカレーションがより容易に起こりやすい構造であるインドール系3量体を用い、負極は電子伝導性を向上させるために導電補助材上にキノキサリン系ポリマーを被覆させた複合体を用いることにより、電池系の容量と出力特性が大幅に向上した。

 Fig.6にメモリバックアップ用途であるコイン型プロトンポリマー電池(3.3V、1mAh)とコイン型リチウムイオン二次電池(3.1V、30mAh)のレート特性を示す。リチウムイオン二次電池は5mA以上では容量が激減するのに対し、プロトンポリマー電池は30mAの高電流領域までフラットな容量出現を示す。


 また、プロトンポリマー電池は充電特性にも優れている。Fig.7に10mA(10C)で充電した場合の充電特性を示す。通常リチウムイオン二次電池は、満充電には数時間要するが、プロトンポリマー電池は大電流充電が可能であるため、約10分程度で満充電にすることができる。


4-2 温度特性

 リチウムイオン電池などは、低温下では電解液の粘性増加によりイオンの移動度が著しく低下するため、特性は大幅に低下する。

  Fig.8にコイン型プロトンポリマー電池(3.3V、1mAh)とコイン型リチウムイオン二次電池(3.1V、30mAh)において、3mA放電させた場合の各温度における出現容量を示す。25℃における容量は、リチウムイオン電池に比べて小さいが、-10℃では、リチウムイオン二次電池は全く動作しなくなるのに対して、プロトンポリマー電池は、25℃の容量に対して約70%の容量を保持する。これは、電解液として-20℃以下の極低温下においても凍結しない酸性水溶液を使用しており、電荷キャリアが移動度の高いプロトンであるためである。


4-3 充放電サイクル特性


 充電電圧1.2V、カットオフ0.8V、常温の条件下におけるサイクル特性は、80%以上の容量保持率で、数千サイクルを達成した。一般的な二次電池のサイクル特性は、500〜1,000サイクル程度であることと比較すると、十分に優れたサイクル特性である。


 Fig.9にコイン型プロトンポリマー電池(3.3V、1mAh)のサイクル特性を示す。3,000サイクルで90%の容量を保持しており、バックアップ用途としては十分なサイクル特性を有している。これは 高分子中の窒素原子への吸脱着によるプロトン反応を利用しているため、充放電の繰り返しによる構造劣化が少ないことに起因している。

5. プロトンポリマー電池の用途例

 プロトンポリマー電池は導電性高分子を用いているため、電極の形や大きさの変更が容易であり、それぞれの用途に適した形状に対応が可能である。

 メイン電源の停止時のメモリー保存や、大電流必要時の電流供給用としてバックアップまたはアシスト用電源としての利用、分単位の急速充電を生かした携帯機器のレスキューパック用電池などに使用できる。また、太陽電池、風力発電など、出力電圧、電流が大きく変動する発電源と組み合わせて効率的な充電が可能である、さらには低温時の電池や燃料電池のサポート電池としての使用が期待できる。

 さらに、大型の電源としては、通常の二次電池に比べて大きな電流レンジに対応できるため、自動車等の減速時に発生するエネルギーを効率的に回生・貯蔵するエネルギー回生用途として、また、長寿命であるため定期的な交換が不必要であり、各種鉛電池代替としても有望である。

6. 最後に

 プロトンポリマー電池は、電極構成材料として電極活物質に導電性高分子、電解液に酸性水溶液を用いており、重金属などの有害物質フリーな環境に優しい電池である。また、電気二重層キャパシタに匹敵する高い出力特性と十数倍の容量を有し、二次電池の数倍にあたる数千レベルのサイクル寿命を実現することができた。今後、これらのユニークな特性により、新しい市場を築いていくことが期待される。


<参考文献>
1) A. Rudge, J. Raistrick, S. Gottesfeld and J. P. Ferraris, Electrochimica Acta, Vol.39, 273 (1994)
2) A. Rudge, J. Davey, J. Raistrick, S. Gottesfeld and J. P. Ferraris, J. Power Sources, Vol.47, 89(1994)
3) D. Belanger, X. Ren, J. Davey, F. Uribe, S. Gottesfeld, J. Electrochem. Soc., l147, 2923 (2000)
4) V. Bocchi, A. Colombo and W. Porzio, Synthetic Metals, 80, 309 (1996)
5) E. h. Song, W. k. Paik, J. Electrochem. Soc., 145, 1193 (1998)
6) J. G. Mackintosh, C. R. Redphan, A. C. Jones, P. R. R. Langridge-Smith, D. Reed and R. Mount, J. Electroanal. Chem., Vol.375, 163 (1994)
7) P. C. Pandey, R. Prakash, J. Electrochem. Soc., 145, 999 (1998)
8) H. Talbi, D. Billaud, Synthetic Metals, 97, 239 (1998)
9) 黒崎雅人、特開2002-093419 インドール系化合物を用いた二次電池及びキャパシタ(2002.9.18出願)


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