トップページ 先端技術大賞とは 応募・審査について 受賞企業紹介 協賛について 関連情報
一覧に戻る
 

■日本工業新聞創刊70周年特別賞
「超薄型デジタルカメラOptioSに採用された技術」
ペンタックス イメージングシステム事業本部
野村博氏  
ペンタックス R&Dセンター
江口勝氏   

1.はじめに

 近年、あらゆる産業界においてデジタル化の波が押し寄せている。カメラ産業においてもデジタルカメラの急速な普及は全世界的に推移し、かつてレコード盤がCDに凌駕されたと同様に銀塩からデジタルへの移行は破竹の勢いである。その一番の推進力となった原因はコンピュータの普及もさることながら撮った写真をその場で再生、加工、情報としての活用と、ソフト面において使用者の要求に即応できるファーストフード感覚が時代の流れに則して受け入れられたものと推察する。また、ハードとなるカメラにはあらゆる撮影機会に即応できる能力として携帯性を重要視した要求は非常に強く、デジタルカメラはその面でもかなりの強みを発揮している。しかし、更なる小型化の要求はとどまるところを知らず、カメラ構成部品の小型化競争は激しさを増しているが、なかでも電子部品の小型化は他の映像機器技術発展とあいまって確実に日進月歩をあゆんでいる。

 しかし、映像情報の最初の入口であるレンズにおいては、その特質としてもはや物理的諸条件が設定されるとほとんど大きさが決まってしまう。小型化にさいしてはその物理的諸条件をいかに使用目的に適合させるかで、悪く言えば妥協点の選択で決定しているにすぎない。CCDの画面サイズが小さければレンズはより小型化が可能であるが、レンズに要求される精度上の難易度とCCDピクセル数で得られる写真の画質はやはり妥協点のひとつの選択肢でしかない。

 そこで画質を落とさずに小型化を進める解決策がいろいろ考えられている。撮影レンズ、特に最も使用率が高いズームレンズを他の構成部品の小型化とうまく融合させる方法として、レンズ群の間隔を短縮してカメラボディ内に収納する沈胴式、あるいはプリズム等を用いて光路を折り曲げる屈曲光学系など各種方式が採用されている1)2)。我々は沈胴式をさらに発展させた、レンズ群の一部を光軸上から外して収納する"スライディング・レンズ・システム"機構を開発し、従来の沈胴式カメラより著しく厚みの薄い3倍ズームレンズ搭載のデジタルカメラOptioS(図1)を開発した。この方式の考え方は、「撮影レンズを使用時に正しくならべて使えばよい、それ以外の時は2段重ねにしようが3段重ねにしようが携帯性に一番適した形にしておけばよい。」との発想からきているが、誰もが考えそうな、しかし誰もが実現できなかったところに、この方式の高度な技術性と解決すべき多くの問題点が隠されているものと推察していただきたい。

図1 OptioS


2.開発背景

 OptioSの開発は、ズーム倍率3倍、3メガピクセルの高品位カメラを名刺、カードより小さく、タバコの箱に入れよう、とのうたい文句ではじまった。従来機種に対し体積比で約半分の目標設定(当社比)である。(表1)

 デジタルカメラは銀塩カメラと違ってフィルムがないため、基本的に構成部品のレイアウトに対する制約はほとんどない。しかし、撮影者が右手でカメラを構え、その他の操作をする場合、コンベンショナルな構成がもっとも操作性がよく、それだけ考え抜かれた形態である。すなわちカメラ裏側(撮影者側)から見て、右側には操作ボタン類、内部には、バッテリー、記録メディア、回路基盤、左側にはLCD画面、撮影レンズ、その上にファインダーの接眼部と、カメラメーカーとしてのこだわりの形態である。この構成をまもり、しかも目標の大きさを達成するのには撮影レンズを沈胴タイプでさらに薄いものを開発しなければならない。このためには、従来技術の延長線では不可能である。スライディング・レンズ・システムというブレークスルーがこれを可能とした。

3.従来沈胴技術

 カメラ撮影時ではレンズを所定の位置に精度よく移動しなければならないが、撮影時以外はこの拘束がないため、可能な限りレンズ群空気間隔を圧縮することでカメラ厚を薄くし携帯性を向上させる手法が数多く採用されている。この方式の例として、当社製品のOptio330のカメラ断面図を掲載する。(図2)


 一般にデジタルカメラにおいてはレンズ保持誤差にたいする像性能への影響が非常に大きい。レンズ群間偏心、群間倒れの収差の感度が著しく高いため、鏡筒構造にも高精度が要求される。よって、高精度に保たれた光軸をそのまま沈胴状態まで移動することがおこなわれ、それは他の不安定要素を極力排除する思想である。しかしこの従来沈胴技術だと、レンズ群の空気間隔を極力圧縮した状態が沈胴の限界点となる。カメラ薄型化をさらに進めるにあたって、レンズの枚数削減、レンズ移動量短縮がとられるが、それらはさらに収差感度が上がる要因であり、精度上の製造可能な限界点で小型化が行きづまる。もはや従来技術ではミリ単位レベルでの薄型化しかできないことになる。

4.スライディング・レンズ・システム機構

4.1 基本機構


 従来の沈胴技術での限界点をさらに大幅に超えるため、我々は沈胴式をさらに発展させた、レンズ群の一部を光軸上から外して収納する"スライディング・レンズ・システム"機構を開発しOptioSに搭載した。(図3)


 カメラ厚を目標値20mmにするには、実際には鏡筒部は16mm以下にする必要がある。通常の沈胴式のように各レンズ群の空気間隔を圧縮しただけでは、この目標値は達成できない。そこで鏡筒回転軸と光軸とを偏心させ、収納時には第2レンズ群を第3レンズ群、LPF、CCDの上方に退避することにした。又、鏡筒が短くなるためレンズ群の収納から撮影状態までの移動距離確保のための多段(3段)繰出鏡筒の機構開発と、変倍レンズ群の差動量を短いカム環で与える機構開発に成功し目標を達成した。このレンズ退避機構と多段繰出鏡筒がセットでなければ目標達成は実現不可能であった。

 この技術の実現には、鏡筒多段化の問題点克服と、光軸上に出入りするレンズ群の精度確保が大きなかぎを握っていた。

 ここで、新旧の鏡筒繰出率(繰出量/鏡筒厚)を比較すると
Optio330鏡筒繰出率=23.8/26.8=0.9
OptioS鏡筒繰出率  =25.8/15.6=1.7
OptioSが約2倍の鏡筒繰出率をもっていることがわかる。このように鏡筒繰出率を従来機種の2倍に引上げなければならず、そのためには鏡筒多段化の問題点を克服する必要があった。

4.2 鏡筒多段化の弊害

 沈胴式カメラでは、一般に沈胴長を極力短くするために多段繰出機構が採用される。しかし、レンズ沈胴長を短くすればするほどより多くの繰出移動量が必要となる。また、繰出手段となる鏡筒も短くなるため、より多くの繰出段数(鏡筒段数)が必要となる。オプティオSでは3段繰出鏡筒を採用したが、それは目標沈胴長とレンズ繰出距離とのバランスでおのずと決定される段数である。しかし、ズームレンズはレンズを繰出すだけで事足りるものではない。ズーム変倍のためには、複数のレンズ群がお互いの間隔を変えて移動する必要がある(変倍差動)。この変倍差動動作をつかさどる方式は、カム環方式が一般的にとられるが、前述のように沈胴長短縮の多段鏡筒化の影響でこの変倍差動をあたえるカム環も短くなってしまう。この短いカム環では必要変倍差動量をあたえることが事実上不可能となってしまい、従来のデジタルカメラ沈胴方式カメラは2段繰出鏡筒が多段化の限界であった。

4.3 解決策(変倍差動量の確保)

 鏡筒多段化の弊害を克服するためスライディング・レンズ・システムでは特別なカム環方式を採用した(図4)。新方式では光軸方向に前後(前方、後方)にまったく同一のカム環軌跡(カム溝)を配置しそれぞれがカム環端部で軌跡が途切れてしまうようになっている。カム環の回転動作時に2群移動環のカムフォロアー突起がカム溝に沿って前後に運動する力を受ける。そして2群移動環がカム環の後方側に移動するときは前方カム溝と前方カムフォロアー突起が移動動作を受け持ち、前方に移動するときは後方カム溝と後方カムフォロアー突起が移動動作を受け持つことによって移動ストロークを稼ぎ、短いカム環であっても必要変倍差動量を確保することができる。言い換えれば、不完全なカム溝を前後に配置することによって、あたかも完全につながったカム溝として機能するようにした。ようするに継ぎはぎ的発想である。一般的に、このようにカム環軌跡を途中で切断して継ぎはぎ的に解決してしまおうという発想は精度が悪化しやすいため非常識とされる。この実現には成形部品精度の技術向上が大きなかぎを握っているといっても過言ではない。


4.4 レンズ退避機構

 前述の多段繰出鏡筒により、原理的には画期的に薄いレンズが登場すればカメラ厚20mmは可能となった。しかし、現実的にはレンズは物理的諸条件が設定されるとほとんど大きさが決まってしまうため、レンズ厚を何とかしなければならない。そこで、鏡筒回転軸と光学軸とを偏心させ、収納時には第2レンズ群を第3レンズ群、LPF、CCDの上方に退避することで問題を解決した。この退避機構を複雑にすると精度を保つことが不可能になってしまいレンズ性能が保証されなくなってしまう。よって従来からある5群移動環と2群レンズ枠を分離し、2群レンズ枠は2群移動環に支持される光軸と平行な回転中心軸で揺動可能なようニ回転支持される構造とした(図5、図6)。2群レンズ枠の支持構造は自由度が1つ追加されたのみである。動作自体は2群移動環の光軸方向動作に連動して、固定部材から突出した2群引上げ突起によって退避動作と戻り動作をする。2群移動環からみると2群レンズ枠は単なる上下動作のみである。退避機構を非常にシンプルな構造にできたため、2群レンズ枠の単品精度を追求することが従来の部品管理にあらたに追加された程度で済んだ。しかし不安定要素が1つ増えただけでも像性能に及ぼす影響は無視できないので、スライディング・レンズ・システムにマッチする光学設計最適化がなされた。


5.スライディング・レンズ・システムカメラに最適なレンズ

5.1 光学タイプ


 図7、図8に新システムカメラと従来カメラのレンズ図を示す。両光学系共に、負レンズ群先行型の3群ズームレンズであり、変倍比3倍程度までのコンパクトタイプのデジタルカメラ用光学系として多く使われているタイプである。


 本システムカメラの光学系は、ワイド端からテレ端にかけて第1レンズ群は一旦像側へ移動し、その後物体側へ移動する軌跡を描く。第2レンズ群は単調に物体側へ移動する。第3レンズ群は変倍時には固定であり、フォーカシング時のみ移動する。第3レンズ群が変倍時に固定した理由は、ワイド端での第2レンズ群位置をなるべく像側にすることで第2レンズ群の外径を大きくしないためである。これにより、小径な第2レンズ群を退避させてもカメラ高さ方向の大型化を回避することが可能となる。

 従来カメラの光学系を本システムカメラと比較すると、第1レンズ群と第2レンズ群の移動軌跡はほぼ同じであるが、第3レンズ群はワイド端からテレ端にかけて像側へ移動し若干の変倍作用を受け持ち、フォーカシング機能もある。しかし、ワイド端での第2レンズ群位置が像面より離れているため、第2レンズ群の外径が大きくなってしまう問題があり、スライディング・レンズ・システムには不向きである。

5.2 第1レンズ群の構成

 第1レンズ群は退避しない群であるので、群厚を薄くする必要がある。図9に示すように、まず構成枚数を3枚から2枚にするために、第2レンズ(L2)に屈折率1.8を越える高屈折率ガラスモールド(GM)両面非球面レンズを導入した。これにより負正の2枚構成でも、ワイド端での非点収差や歪曲収差を補正することができた。又、第1レンズ(L1)にも屈折率1.8以上の硝種を導入して、第1レンズ群の群厚と外径の小型化を図っている。

5.3 第2レンズ群の構成

 第2レンズ群は、最小径であり光軸から退避させるのに最も適している。退避させるため群厚はある程度厚くてもよいが、群間偏芯感度を低減しておく必要がある。

  本光学系では、最も感度が高い第3レンズ(L3)を両面非球面にすることにより各面における球面収差の発生を抑えると共に、各面の軸上偏芯コマ収差感度を低減している。これにより第2レンズ群全体の群間偏芯コマ収差感度の低減も可能となる。

5.4 第3レンズ群の構成

 第3レンズ群は、像側テレセントリック性を確保すること及びフォーカシングの役目を有している。フォーカシングレンズは合焦駆動系の負担を軽減するために軽量であることが望ましく、又収納長を短縮するためにも1枚で構成することが望ましい。

 このように、沈胴長を最小にするように、かつすべての収差感度を低減するように最適化され、スライディング・レンズ・システムがトータルとして性能を確保しつつ製造誤差を充分吸収できるような光学設計がなされた。

6.まとめ

 以上のように、スライディング・レンズ・システムは一見簡単な発想にみえて多くの技術的課題を克服しなければならなかった。しかし、使用時にレンズを正しくならべ、携帯時には幾重にも重ねて収納するという発想はけっしてデジタルカメラだけの限られた技術ではなく、携帯性が必要なあらゆる光学装置、また高精度が必要な電子機器や産業機械に応用できる技術と考える。限られたスペースに多くの機能を凝縮するという、本来は日本のお家芸であるはずのものが、あらゆる類似製品等で他国の追い上げに窮している今日、もう一度強みにすることも大切だと開発をとおして感じることができ、また更なる課題に挑戦しようとの意気込みを得ることができた。


<文献>
1)関田 誠:第23回光学設計研究グループ機関誌(2001)
2)萩森 仁:第27回光学シンポジウム予稿集(2002)

<特許>
光学設計、機構部含め 33件出願中


一覧に戻る


Copyright (C) 2003 日本工業新聞社