第26回先端技術大賞 KDDI研の清本さんら表彰(2012/7/24 東京・元赤坂 明治記念館) 授賞式後のレセプションで、受賞者の清本さん(中央)から説明を受けられる高円宮妃久子さま=24日、東京・元赤坂の明治記念館 優れた研究成果をあげた理工系学生や企業・研究機関などの若手研究者を表彰する「第26回独創性を拓く 先端技術大賞」(主催・フジサンケイビジネスア イ、後援・文部科学省、経済産業省、フジテレビジョン、産経新聞社、ニッポン放送)の授賞式が24日、高円宮妃久子さまをお迎えし、東京・元赤坂の明治記 念館で開かれた。 式典では、身の回りにある小さなエネルギーを基に発電する技術「エネルギーハーベスティング」の革新を目指している、東北大学大学院の内田健一さんに、学生部門のグランプリに相当する「文部科学大臣賞」の表彰状が授与された。 大容量データを高速で暗号処理できる技術などの研究開発に取り組むKDDI研究所の清本晋作さんには、企業・産学部門の最高賞「経済産業大臣賞」の賞状が贈られた。 このほか、次世代材料やセキュリティー、情報技術などに関する8件の研究についても顕彰した。 審査委員長を務めた科学技術振興機構顧問の阿部博之・東北大学名誉教授は「科学技術は未来に夢を与えるだけでなく、世界が抱えるさまざまな問題の解決や、持続可能な未来社会の創造に必要不可欠だ」とした上で、「科学技術を志す若い世代が、人と異なるテーマに挑戦して世界を舞台に活躍してほしい」とエールを送った。 ■高円宮妃久子さま お言葉本日、「第26回先端技術大賞」の授賞式に参りまして、皆様とご一緒できますことを大変うれしく思います。この度受賞された皆様、心からお祝い申し上げます。今回も若い研究者の斬新な発想と力強い信念、熱い心を強く感じました。科学技術が目覚ましい進歩を続ける現代において、既成の概念にとらわれることなく、多角的な側面から果敢にチャレンジしていく柔軟な頭脳、独創性あふれる思考能力には感心するばかりです。また、過去の研究の成果を生かし、人間社会において役立つ、さまざまな形に製品化された研究者、開発者の創意工夫にも、心より敬意を表します。 昨今、自分で考え、自分の意見を言うことを良しとする教育がなされるようになったのは大いに歓迎するところではありますが、それにプラスして、ほかの視野や角度から考えるということを忘れてはなりません。わが国を守り、明るい将来を築くためにも、先端技術の研究開発は重要です。その必要性や合理性、そしてその研究開発の将来などを冷静に分析して、長期的な投資、として考えていかなければなりません。 東日本大震災を通して、私たちは多くのことに気づかされました。日本としてはさらに、科学技術研究に力を入れ、事故を起こしてしまった原子力発電所の事態を通して得たデータと知識を、世界の平和と安全保障につなげていく義務があると考えます。 世界の国々との関係において、日本がどのような立場を確立しているかが、国内の日本人の生活を守っております。 その現実を理解し、刻一刻と変わる各国の動きと、それに連動する他国の動きをしっかりと見つめつつ、総合的に適切な判断が冷静にできるような、国際人の育成に、力を入れていく必要があります。 戦後の私たちは、安全で豊かに暮らす幸せを、当たり前と考えがちですが、諸外国と日本との関係は、力関係あっての友好関係であるという意識改革が必要です。夫婦であろうと、国と国であろうと、どのような人間関係においても、それを保つためには、常に努力が必要です。 先日、父が平和は勝ち取るものであって、何もしないで当たり前にそこにとどまってくれるものではない、とある講義で申しましたが、改めてそれを確信する今日この頃でございます。 先端技術は国力です。科学データ、研究データは、人類の財産であり、その研究データに基づいて次の発展、研究開発につながっていくので、それは私たちにとって貴重な知的資源であると考えます。国民の安全や健康、生活を守るものです。科学技術が目覚ましい進歩を続け、研究が高度になった現代においても、解明を待つ研究領域は数多くあります。 科学技術分野の研究開発の重要性は、申すまでもありませんが、それを実用するとき、人間の資質が問われます。私たちが家庭や教育の現場、そして社会において将来を背負って立つ若者をしっかりとした理念を持つ人間に育てていく責任があります。学問や国境を越えて力を合わせること、きちっとした理念を持つ若者を育てあげることは必要不可欠であり、ご出席の先生方、企業や新聞社の方々には、これを念頭に若者たちをご指導頂ければ幸いに存じます。 本日は、科学技術のすばらしさに思いを致す機会を頂き、ありがとうございました。皆様の今後の活躍を祈念して、式典に寄せる言葉といたします。おめでとうございました。
授賞式 内田さん「エネ発電、実用化目標」第26回先端技術大賞の授賞式では、リチウムイオン電池の発明者の1人、旭化成の吉野彰フェロー(工学博士)が講演を行った。 吉野氏は、昨年の東日本大震災を契機に、「『資源・環境・エネルギー』に絡む世界変革が始まっている」と強調。変革に伴って将来誕生する技術や製品の多くが、「日本から生まれることを願う」と、国産技術のさらなる進展に期待を寄せた。 授賞式に続いて開かれた記念レセプションには約200人が出席。高円宮妃久子さまが各受賞者の成果を紹介したパネル展示を丹念に見て回り、熱心に説明に耳を傾けられていた。 暗号技術で経済産業大臣賞を受賞したKDDI研究所の清本さんは、同技術が遠隔医療に応用できることを説明。久子さまから、プライバシーの保護のためにも、「暗号技術を遠隔医療分野でも有効に活用してほしい」とお言葉をかけられたという。 文部科学大臣賞を受賞した東北大の内田さんは「まだ、実証の段階だが、今後10年以内に実用化したい」と語った。 また、クレジットカードなどのホログラムの安全性向上を目指す技術開発でフジサンケイビジネスアイ賞を受賞した独立行政法人情報通信研究機構の成瀬誠さんは、「紙幣の偽造防止などに役立てたい」と実用化への決意を新たにした。 ■第26回先端技術大賞受賞者◆学生部門文部科学大臣賞=内田健一(東北大学大学院)▽フジテレビジョン賞=片瀬貴義(東京工業大学大学院)▽ニッポン放送賞=矢嶋赳彬(東京大学大学院)▽特別賞=岸本彩(早稲田大学大学院)、山本耕平・原聡(米子工業高等専門学校) ◆企業・産学部門経済産業大臣賞=KDDI研究所(代表者・清本晋作)▽産経新聞社賞=日本電気(代表者・下西英之)▽フジサンケイビジネスアイ賞=情報通信研究機構(代表者・成瀬誠)▽特別賞=パナソニック(代表者・菅野勉)、東レ(代表者・小谷浩司)=敬称略 ■旭化成フェロー 工学博士・吉野彰氏が記念講演■吉野彰 ■資源・環境・エネルギー軸に世界変革が始まる「第26回独創性を拓く 先端技術大賞」(主催・フジサンケイビジネスアイ)の授賞式が7月24日に東京・元赤坂の明治記念館で開かれ、リチウムイオン電池の発明者である旭化成フェローの吉野彰氏が記念講演した。この中で、吉野氏はIT社会への変革に重要な役割を果たした同電池の開発経緯などを紹介したうえで、「いまは資源・環境・エネルギーに絡んだ大きな世界変革が始まっている」と指摘。受賞者を前に「皆さんの研究が日本発の新技術につながることを期待している」とエールを送った。講演の要旨は次のとおり。 ◆「1995年」と似た現在の状況第26回の先端技術大賞の受賞者の皆さん、誠におめでとうございます。この先端技術大賞の趣旨は「科学技術創造立国の実現に向け、先端技術の研究に 励む若者の独創性を育み、意欲を高め、世界のひのき舞台で活躍する人材の創出」となっています。その通り、これは非常に重要な視点だと思います。 昨今、日本の将来についていろいろな議論がなされております。確かに今の日本は大きな曲がり角に差しかかっているのは事実だと思いますし、あらゆる分野の人たちが真剣に日本の将来を考え、その出口を見いださなければならない時期だと思います。 この先端技術大賞でうたっている「科学技術創造立国の実現」が日本の将来の出口の一つであることは間違いありません。すなわち、日本発の独創的な技術を次 から次に開発し、その技術、製品、事業、産業を世界に発信していく。その結果、日本の産業が活性化し、日本の国益につながり、世界に貢献するとともに、日 本が世界から尊敬される。これが将来の日本の一つの姿だと思います。しかし、口で言うのは簡単ですが、これを実現するには極めて難易度の高い作業が必要です。 私ども旭化成のグループスローガンは、「昨日まで世界になかったものを」です。その結果として「世界の人びとの“いのち”と“くらし”に貢献します。」と いうのがグループの理念です。私の場合の「昨日まで世界になかったもの」はリチウムイオン電池です。本日はこのリチウムイオン電池の研究開始からマーケッ トの立ち上がりまでのお話をさせていただきます。皆さんの研究が日本発の新技術につながっていくことに、私の経験をぜひお役に立てていただければと思います。 ◆IT社会スタートの年これからの話のキーワードとして、1995年という年が出てきます。95年という年がどんな年であったかを覚えていますか。この年に日本で起こった出来事 をいくつかご紹介します。まず、年明け早々、1月17日に阪神淡路大震災が発生し多くの犠牲者を出しました。3月には東京で地下鉄サリン事件が発生、社会 を大混乱に陥れました。日本史に残るこれらの事件が起きた当時は(94年6月に発足した)村山政権下であり、政治・経済の世界でも大変混乱していました。 今でこそ為替は1ドル80円を割り込む水準で推移していますが、この年の4月には瞬間的ではありますが1ドル79円75銭と、初めて80円を割り込みまし た。金融バブルがはじけ、日本経済が窮地に立たされたのも95年でした。よく似ていると思いませんか。現在と。 そして、同じ95年11月23日に世界を大きく変える極めつけの出来事が起こります。この日深夜0時にWindows95が発売されたのです。この日を境に、IT変革が始まり、世界が一気に現在のモバイル社会、インターネット社会に向けてのスタートを切ったのです。 それでは、リチウムイオン電池の開発過程の中で、私自身はどういう状況で95年を迎えたのかをお話しします。 こうした新しい商品を市場に出していくには基礎研究、開発研究、事業化研究という3つのステップをこなしていかなければなりません。基礎研究というのは、 新しい物質の特性とか反応とか、とにかく少人数で何かを見つけ出していく作業です。リチウムイオン電池の場合、きっかけはノーベル化学賞を受賞された白川 英樹・筑波大名誉教授が発見された導電性高分子ポリアセチレンの研究でした。81年のことです。このポリアセチレンが二次電池の電極として使えることがわ かり、特に負極に特化して研究を進めました。正極としてコバルト酸リチウム(リチウムイオン含有金属酸化物)と組み合わせることにより、はじめて二次電池 ができました。その後、負極をポリアセチレンから炭素材料に切り替えて現在のリチウムイオン電池が85年に完成したのです。 ◆自分たちが手掛けたものを世界中にさて、完成はしたものの。本当に世の中に通用するものか検証していく必要があります。これが開発研究という第2ステップです。基礎研究から上がってくる技 術は、ずば抜けて良い特性が一つだけ出てくる。残りの99は問題点です。基礎研究は良いところばかりを追いかけるので当然そうなります。このままでは世の 中に出せないので、残り99の問題点を1個1個抽出してその答えを見つけ、これなら世の中に出しても恥ずかしくない段階まで仕上げていくのが開発研究とい うステージです。これも5年くらいかかっています。 これなら市場に出しても恥ずかしくないという段階までいくと、いわゆる事業化ということになり、工場を建設し営業体制も立ち上がります。これが91〜92 年のころです。しかし、市場に送り出しても、こういう新しい商品は使い方がわからない。マーケットとして立ち上がるまで数年間は苦しい時期が続きました が、ある日突然モノが動き出しました。これが95年だったのです。 95年はIT社会に向かって動き始めた年です。リチウムイオン電池は携帯電話やノートパソコンの電源に使います。95年からまさに“垂直たち上がり”になりました。こういう経緯があって95年は、日本にとっても世界にとっても非常に重要な年だったと思っています。 ◆昨日まで世界になかったさきほど95年と2011年が非常に似ていると話しました。みなさんも感じていると思いますが、いま間違いなく次の大きな世界変革が始まっています。しか も今回の変革はIT変革よりも規模が大きい。残念ながらその変革の具体的な中身は誰にもわかっていませんが、少なくともそのアイテムは、資源・環境・エネ ルギーに絡んだものであることは確かです。今から15年先、われわれが過去を振り返れば、「この15年間で世界が一変しましたね」「振り返ってみれば 3.11のあった2011年がそのスタートポイントでしたね」ということになっていると思います。 その時には当然、昨日まで世界になかった製品や技術がふんだんに使われているでしょう。その新しい技術の中で日本から生まれたものがどれくらいあるのか、 これが大きなポイントになってきます。15年後に使われている技術・製品の大半が日本から発信されたものですよ、という状況になっていることを心から願っ ています。 今回受賞された方々の研究も、これから大きなチャンスを迎えていくことでしょう。15年後には「自分たちが手掛けたものが、世界中で使われています」という心意気で、今後も活躍してください。期待しています。 【プロフィル】吉野彰 よしの・あきら 1972年京大工学研究科修士課程修了。同年旭化成工業(現旭化成)入社。イオン二次電池事業推進室室長、電池材料事業開発室室長などを 経て、2003年フェロー就任。05年リチウムイオン電池の生みの親として国内外で数多くの賞を受賞。04年に紫綬褒章。64歳。
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